ソロモンの餓狼 上

「承服致しかねます。確かに我が第十八戦隊は旧式艦揃い。ですが、それ故に……砲雷撃戦の技量で、ましてや、お家芸たる、夜間水雷戦で遅れは取りません! 同行を許可していただきたいっ!」


 日本海軍第八艦隊旗艦、重巡『足柄』艦橋に男――第十八戦隊の首席参謀だ――の野太い声が響く。

 三川中将以下、司令部員達の目には困惑の色。

 確かに、偵察情報からすれば敵戦力は強大だ。一隻でも味方が多いに越したことはないが……。

 1942年8月7日、突如ソロモン諸島のツラギから発せられた緊急電――『敵有力部隊、本島及びガダルカナル島へ上陸しつつあり!』――によれば、周辺海域には、あのミッドウェーで生き残ったらしい、敵空母を主力とする有力な敵機動部隊と、有力な敵水上部隊がいる。


『空母一隻を含む敵機動部隊』

『戦一重巡三駆逐艦十五輸送船多数』


 これを伝えた後、ツラギにいた部隊は全滅した。

 ……味方よりも優勢なのは否めない。敵に戦艦がいる以上、下手をすれば返り討ちにあう可能性だろう。

 救いは、圧倒的な航空劣勢下、というわけでもない事だ。

 機動部隊は、珊瑚海とミッドウェーで二隻ずつ、合計四隻の空母を仕留めた。開戦直後に、潜水艦が沈めた巨艦空母『サラトガ』を含めれば計五隻。

 戦前、米海軍が保有していた敵空母は七隻と伝えられているから……おそらく、今回、ガダルカナル(以前は誰も、その地名を知らなかった。飛行場を造設中)へやってきているのは二隻だろう。

 ならば……ブイン(先月から稼働中)へ警戒も兼ねて進出している、戦闘機隊の援護があれば、一方的にやられる事もない筈。

 先の珊瑚海における勝利で、我が軍はポートモレスビーを陥落させ、目下、北東豪州において、絶対的な航空優勢を築いている。

 第十一航空艦隊による航空撃滅戦は、目下二個航空戦隊と、内地から受けた増援戦闘機隊(ミッドウェー進出予定だった第六航空隊他)を用いて継続されており、休養→進出のローテーションを組んで、戦果を積み上げている。

 が、それを継続す為には、モレスビーへ補給物資を輸送しなければならない。勿論で、陸路、空路でも努力は継続されているが……とてもではないが、間に合わない。

 進出後、鹵獲された敵物資は膨大だったものの、それだけで継続した航空戦は不可能な事は明らかだった。定期的に輸送船団を敵地へ送り届ける必要性がある。


 結果――日本海軍は英断を下す。


 当初、輸送を担当することになっていた第四艦隊(そもそも、内南洋警備部隊で戦力は劣弱)から、南東方面を担当する新編部隊――第八艦隊を創設。そこに、各地から有力艦艇を集め、専任させる事にしたのだ。

 結果――第八艦隊は、珊瑚海海戦後、数度に渡ってポートモレスビーへの輸送任務を完遂しており判断が正しさを証明していた。

 当初こそ、寄せ集めの感が強かった艦隊であったが、制空権下こそ握っているものの、未だ敵機が跳梁する海域を抜けての船団護衛任務は決して楽な任務ではなく、急速にその練度と一体感を高めていった。

 また、珊瑚海、ミッドウェーの戦訓覚書により(特にミッドウェーのそれは、激烈な内容であり、八艦隊司令部を震撼させた)各艦、防空火力の向上(ラバウルにて機銃の増設及び訓練)と対潜訓練、そして回避運動の更なる徹底が図られており、戦力は向上している。

 が……それにしてもである。

 三川中将が諭すように話しかける。


「貴官の熱意は買う。第十八戦隊の技量に疑いもない」

「ならば!」

「しかしだ……今回の作戦は言わば殴り込み。大損害を被る恐れもある。貴戦隊と、第五水雷戦隊にはラバウルへ残ってもらい、万が一、我らが損害を被った際にはモレスビーへの輸送任務を継続してもらわなければならない」

「……では、どの部隊で行かれる予定なのですか?」

「今の段階では――」


第十六戦隊:重巡「足柄」(旗艦)「那智」

第六戦隊:重巡「青葉」「衣笠」「古鷹」「加古」

第三水雷戦隊:軽巡「川内」

駆逐艦:七隻(特型のみ)

※第八艦隊には他、軽三駆逐艦六隻その他が所属している。ただし、ラバウルへ残る駆逐艦は全て旧式艦。


 合わせて、重巡六軽一駆逐艦七。

 かなりの有力な水上部隊だと言える。まして、想定されるのはお家芸たる夜戦だ。

 が、戦争とは数。

 旧式艦とはいえ、無力な存在ではない。まして、敵艦隊に戦艦がいるというならば……魚雷の数は多い方が良い。

 第十八戦隊主席参謀は再度、口を開こうとした時だった。

 艦橋に伝令は駆け上がって来た。


「失礼いたしますっ! トラックの第四艦隊司令部より入電であります」

「読め」

「はっ!」


 兵が内容を読みあがる。

 司令部内の空気が明るいものに変化――そうか、やはり、彼等が来るのか。「米空母は仇敵。それを叩く為ならば何でもする」と言う噂は本当らしい。

 聞き終えた三川中将の目にも、安堵の色。

 少なくとも、敵空母をそこまで恐れる必要はなくなったからだ。

 敵水上部隊を叩き、敵輸送船団を撃滅した後は、味方航空部隊の支援をほぼ間違いなく得られる。あのひねくれものの機動部隊指揮官は、決して出来ない事は言わないからだ。

 

 ――その後、第十八戦隊及び、第五水雷戦隊(軽巡一駆逐艦四)の参加も許可され、第八艦隊はほぼ最大戦力で、後世『第一次ソロモン海戦』と呼ばれる一大夜戦へと突き進む事となる。



『発第四艦隊司令部:宛第八艦隊司令部。第三艦隊、既に出航せり。躊躇なく敵輸送船団を撃滅すべし』 

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