MIの鶴龍 下

「戦いは七分三分のかねあいだ。艦爆隊が一隻はやった。残りは俺達の獲物だ。皆、しっかりやってくれ」


 『飛龍』艦攻隊隊長、友永大尉が艦攻隊隊員を前に訓示している。

 『瑞鶴』所属の十三試艦爆によって敵に残された空母は二隻だと判明し、

第一波攻撃隊が敵空母一隻を沈めた事は伝わっていた為、士気は高い。

 第二次攻撃隊の編成は、戦六、艦攻十四。

 艦攻隊は、朝方行われたミッドウェー島攻撃に参加しており、本来十八機編成から数を減らしている。

 この少数では、とてもではないが二隻は仕留めきれないだろう。

 鍵を握るのは『瑞鶴』から何機出撃するかにかかっている。

 結局のところ、航空戦は数の勝負であり、少数機では如何に搭乗員の技量が優れていようとも、無効に終わるのだ。

 艦爆隊と同じく、艦攻隊も一個中隊(六機)に新鋭機を導入しているとはいえ苦戦は免れまい。

 だが……やってもらう他なし。

 敵空母を叩かなければ、後退することすら難しいからだ。


「では、飛行長行ってまいります」

「おお。大尉、頼んだぞ……!」


 友永大尉は、見事な敬礼をし、機体へと乗り込んで行く。

 この内の何機が帰って来られるのだろうか?


※※※


 『瑞鶴』艦上でも、第二次攻撃隊の発艦が始まろうとしていた。

 編成は、戦九、艦攻十八。

 艦攻隊は、ミッドウェー攻撃において損害がなかった為、全力出撃となる。

 ただし、『飛龍』とは明確に異なる点があった。

 それは、艦攻を既存の九七式から、全機新鋭機『一式艦攻』へと換装を終えていたことだ。

 五航戦司令は、本作戦参加を決意した段階で、『翔鶴』へ配備予定だった同艦攻の全てを『瑞鶴』へと強引に移させていた。二式艦爆と同じく、九七式の性能を上回る機体である。

 二艦合わせて、戦十五、艦攻三十二。

 残存空母二隻を仕留めるのは微妙と言わざると得ない。

 敵迎撃機の数も増加する事は間違いない中、最悪、どちらも取り逃がす可能性すらある。

 二航戦司令部からの懸念に対し、五航戦司令の答えは明確だった。


『攻撃隊は敵空母一隻に攻撃を集中せよ。残存空母は第三次に委ねる』


 だが、おそらく機動部隊戦闘に最も熟達し、米軍公式戦史をして『最良の機動部隊指揮官』と評された彼が、攻撃隊帰還後に、まともな攻撃隊を編成出来ると考えていたかについて、歴史は沈黙している。

 ……しかし、攻撃隊帰還後の行動はその答えを示してはいよう。

 そして、MI作戦、最後の勝負が始まった。


※※※


「どういう事だ! この後に及んで、五航戦司令は臆されたのかっ!?」

「もう一隻……もう一隻沈めれば、我等の勝利だというのに、勝利目前で、何故!?」

「確かに艦載機の消耗は激しい。激しいが……もう一度、攻撃隊を放つ事は出来る。さすれば、敵空母を仕留める事も出来る筈!」

「司令、この際です。本艦だけでも……!」


 『飛龍』艦橋では、参謀達が五航戦司令から先程、伝えられた命令に不平を述べている。

 それに対して、加来艦長と山口二航戦司令は沈黙。

 既に、第一次攻撃隊と第二次攻撃隊の収容は完了している。

 攻撃隊は、期待通りの戦果を収めた。

 第一次攻撃隊が敵空母一隻を撃沈確実。五十番が珊瑚海に続いて、威力を発揮したようだ。

 第二次攻撃隊は、敵艦隊上空で敵戦闘機約二十機の迎撃を受けたものの、果敢な突撃を敢行。厳命通り、敵空母一隻に集中雷撃を実施した。結果は、命中四。

 撃沈確実、と言いたいところだが……少なくとも、戦闘続行は不可だろう。

 つまり、残存空母は一隻。

 『瑞鶴』『飛龍』は遂に、戦力差をひっくり返したのだ。

 にも関わらず――


『これ以上の戦闘続行は不可。残存戦闘機全てを用い制空権を維持しつつ、後退を至当とす』


 『赤城』被弾以後、適切かつ迅速な指揮で、今回もまた敵空母を屠ってみせた五航戦司令から届いた命令は、まさかの後退命令だった。

 加来艦長が口を開いた。


「おそらくですが……五航戦司令はこれ以上、搭乗員を喪えば航空隊再建に時間がかかる事を憂慮されているのではないでしょうか。第一次攻撃隊に続いて、第二次攻撃隊もあの損耗率です。原則から考えれば第三次攻撃隊は――全滅に近い損害を受ける事になります」

「……敵空母一隻と引き合わない、そう考えたのだろう。航空機と、それを操る搭乗員がいなければ、空母など単なる鉄の箱だからな」

「ですが、このまま敵空母を座して見逃すなどっ!」

「夜間攻撃か薄暮攻撃という手もあります!」


 口々に意見する参謀達。

 山口の顔にも苦衷が滲む。自分が指揮官ならばどうするか。

 敵空母は難敵だ。出来る限り沈めるべきなのは間違いない。

 だが、それを行えば、両艦の艦載機隊は壊滅するだろう。

 『飛龍』が放った第二次攻撃隊、戦六、艦攻十四の内、帰還したのは戦五、艦攻八。友永大尉も未帰還となっている。

 そして帰還機の内、即使用可能なのは戦三、艦攻四に過ぎない。これではとても……。

 少しの間、沈黙していた山口だったが、おもむろに口を開いた。


「五航戦司令の命に従う。稼働全戦闘機を直掩へ回せ」



 かくして、『瑞鶴』『飛龍』のMI作戦は実質的に終わりを告げた。

 艦爆、艦攻隊こそ大打撃を受けていたものの、被弾炎上し、燃料不足を訴え次々と着艦してくる三空母の零戦を受け入れていた両艦には、この時点でなお、稼働零戦、三十数機を持っており、ようやく前衛部隊各艦も周囲を守りつつあった。

 

 この決定は、生き残った米空母『エンタープライズ』が放った最後の攻撃隊にとって、惨劇を呼び寄せるものとなった。何しろ、この時点では太平洋最強だった零戦多数が、手ぐすね引いて待ち構えている空域へ飛び込んでしまったのだ。

 五航空戦司令は、再度奇襲を受ける気は更々なかったから、各零戦隊の配置高度を三隊に分けるのと同時に、朝からの戦闘で見張り能力が低下している両空母の代わりに、各艦へ見張り応援を要請。また観測機による航空偵察すら実施し、事前捕捉に務めた。

 結果、三空母を被弾炎上させた恐るべき米急降下爆撃隊はなすすべなく、撃墜されていった。

 最後の空襲が終わり、夕闇迫る中、五航戦司令は各艦へ発光信号を送った。



『当海域における、本職の責務は概ね終了せり』



 その後、後方を進撃していたGF司令部からMI作戦中止の命令が伝えられ、炎上していた『赤城』『加賀』は雷撃処分。

 『瑞鶴』直掩機の活躍により、辛うじて誘爆大破しなかった『蒼龍』は内地へと帰還し、損傷修理後、僚艦と共に苛烈なソロモンの激闘へと身を投じていくこととなる。 


 かくして、『鶴龍』はMIからの帰還を果たした。

 

 だが、後の事を考えれば――これは、否、この海戦こそが、日米停戦に到る三年余りの死闘の始まりだったのだ。

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