MIの鶴龍 中
空母『飛龍』の飛行甲板上は、各機のエンジンが発する轟音に包まれていた。
攻撃隊の数は、戦闘機六機、艦上爆撃機十八機。
複数の敵空母を叩くには不足だが、敵艦隊上空にまで到達出来れば、印度洋で英重巡へ実に九四パーセントという命中率を叩き出した『飛龍』艦爆隊である。成算は十分にある。
問題は、護衛の零戦が六機しかないことだ。
性能面で敵戦闘機に対しては優位、とされているものの、珊瑚海海戦後にまとめられ、各空母に配布された戦訓詳報では『敵機動部隊は電探を用いて、我が攻撃隊を捕捉し、敵戦闘機は艦隊上空で待ち伏せ攻撃をしてくる』とされており、それが事実ならば……如何に、一部新鋭機を有しているとはいえ、苦戦は免れないだろう。
それを防ぐ為には、先程、伝えられた五航戦司令部からの厳命が守られなくてはならない。だが、戦場でそこまで冷静な判断を出来るのだろうか……。
「飛行長、どうしたんですか? 大丈夫ですよ。こいつはいい機体です。九九式より速くなったし、後ろの機銃は豆鉄砲じゃない。何より、五十番を叩きつけられるのがいいですな」
「小林大尉。分かっているとは思うが――くれぐれも、単独で攻撃はするな。『瑞鶴』からも攻撃隊が出る。うちから出る零戦だけでは」
「分かってます。戦闘分隊長ともさっき話しました。納得してくれました」
「そうか……健闘を期待する」
飛行長は敬礼し、大尉も答礼。
彼等はこれから死地に向かうのだ。
それにしても
「『攻撃隊随伴各戦闘機隊は道中、敵機と遭遇してもこれを攻撃するべからず――重ねて厳命す。各戦闘機隊の任は、攻撃隊を艦隊上空へ送り届け、生還させる事にあり』か。五航戦司令ってのは、噂通りのお人らしいな」
※※※
三空母が被弾炎上、落伍してから約一時間。
『瑞鶴』『飛龍』から第一次攻撃隊が出撃を開始した。
『瑞鶴』より、戦十二、艦爆二十四。
零戦の内半数は新型――エンジンを強化し、翼端を切り詰めた三二型だ。
艦爆も半数は、新鋭機『二式艦爆』。
零戦の『栄』エンジンを超える出力を発揮する『金星』エンジンを装備し、全ての性能で九九式艦爆を上回る機体だ。
何より、今まで二十五番が限界だった積載量は一挙に増え、五十番装備が可能となった。珊瑚海において、敵空母へ見事命中弾を与え、大打撃を与えている。
そして、残る機体も同じままではない。
既存の零戦も、装備機銃は二十粍を百発弾倉入りへ換装。
九九式も、後部旋回機銃を二十粍へ換装している。
戦後ある研究者はこれらの編成と、装備を見て一言、こう漏らしたという。
『五航戦司令の執念が見える』と。
『飛龍』からは上記通りの編成。
艦爆隊の内、小林大尉が直率する第一中隊(六機)が二式艦爆を装備している。
合わせて、戦十八 艦爆四十二
敵空母が一隻ならば、十分。
が……既に二艦は第二次攻撃隊の編成を開始していた。
『俺達を待ち伏せしていた米海軍が、中途半端な戦力な筈ないじゃないか』
※※※
「第一次攻撃隊より入電! 『敵空母一隻に命中弾多数。沈没しつつあり。敵の迎撃、対空砲火苛烈」
その一報が届いた瞬間、「瑞鶴」艦橋で歓声があがった。
三空母が被弾炎上する中、悲壮な想いで反撃を開始し、一矢を報いたのだ。
これで残存空母を潰せれば――逆転は可能な筈。
静かに黙考していた五航戦司令は命令した。
「第二次攻撃隊の目標を変更し、未発見の敵空母とする。偵察中の各機にもその旨を下令。そろそろ奴等からも反撃が来る。本艦所属の上空直掩機は中高度へ張り付かせろ。収容した各空母所属機は低空だ。それでも抜けてきた場合は――艦長、任せた」
「はっ!」
指揮をしながら彼は考えていた。
開戦前、米軍が保有していた空母は全部で七隻。
内、『サラトガ』は開戦早々に沈み、珊瑚海で『レキシントン』『ヨークタウン』も仕留めた。
残りは四隻だが……今朝から来襲していた、敵機の総計は軽く百機を超えていた。内、双発機は基地機としても、米空母は明らかに複数。
そして、無線符牒解析と独逸からの情報で『レンジャー』は大西洋にいる。
つまり――これらの情報と、偵察から考えると敵空母は三隻か。
第一次攻撃隊は一隻を沈めたが、おそらく、敵戦闘機と対空砲火でボロボロにされて帰ってくるだろう。
第二次攻撃隊が勝負を決める、か。
「飛行長、あくまでも目標は敵空母だ。それ以外は無視するよう搭乗員へ徹底してくれ。我々に残された矢はそこまで多くない」
※※※
「戦闘機隊の適切な援護により、敵空母一隻へ攻撃を集中、撃沈確実であります」
「ご苦労様でした」
「大尉、帰還機は何機だろうか?」
「はっ……」
小林大尉からの報告は、二航戦司令部を高揚させると同時に戦慄させていた。
帰還したのは、零戦四機。二式艦爆四機。九九式艦爆六機。
その内、すぐ使用出来る機体は、零戦三機、二式艦爆三機、九九式二機に過ぎない。
損耗率、実に六六パーセント。
今までの戦闘とは比べ物にならない被害。
『艦爆、艦攻を減らし、戦闘機と偵察機をその分、増加させるべきだ』
机上演習時の段階で、奴の意見に耳を傾けていればっ!
山口は嘆息した。
当然、ここで何を考えていても急場には間に合わない。
上級指揮官の無能は、現場の下級士官、兵が命を殺すのだ。
だが……勝たねば、その犠牲すら無駄死になってしまう。
既に『飛龍』の甲板上に第二次攻撃隊が準備を完了している。
「この攻撃隊で決着だ――どう転んでも」
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