お見送り

 出会いがあれば別れもある。会った数だけ別れることになる。

 入学と卒業とか、入社と退社とか。そういう長いスパンの話においてよく用いられる慣用句みたいなものであるが、ここではもっと短期間の話だ。

 

 一緒に一夜を過ごす場合を除けば、一日のどこかで出会えば必ずその日のうちに別れは訪れる。

 ひとりの時間を得るためには、出会った人数分だけ別れを体験しなくてはならない。それが、昔はたまらなく怖かった。


 そう、あの日までは。


 出会ったのは春。出会いと別れの季節の春。

 当時の僕は親しい知り合いが増える度に別れを意識していた。

 浮かべる作り笑いとは裏腹に、どこか陰鬱な感情が渦巻いていたのを今でも鮮明に覚えている。

 そんななか、増えた知り合いのひとり。彼女に僕は一目惚れだった。

 僕の中で、どんどん好きな気持ちが大きくなっていって。積極的にアプローチしていって。

 ついには恋が成就して。僕の中で、更に彼女が大きくなっていって。

 

 別れなければならない夕方のことをひどく恨めしく、辛いものに感じていた。


 そんななか、うちまで遊びに来ていた彼女をお見送りする時の事だった。いつも通りの改札でのやり取り。掛け合い。このあと改札で別れて、彼女の背中に手を振ったあとでひとり帰路につく。それがいつもの流れだった。

 しかし、その日は違った。それは、いつも通り彼女と別れて、その背中に手を振っていた時のことだった。


 彼女が突然振り返った。そして、僕が手を振っているのを確認すると、嬉しそうに微笑んで。


 また、あした。


 そう言って、手を振って。人混みの中に消えていった。


 彼女とは別れた数だけ、また出会える。彼女はたった5文字の挨拶で、そのことを僕に教えてくれた。

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手のひらサイズの物語 そやなの人 @Naxyaso

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