お風呂

 お風呂。1日の疲れを取る癒しの場所。僕はお風呂に浸かっている時間が好きだ。しかし、うちは7人家族で女5人。末っ子の僕は早く上がらないと姉さんたちにどやされてしまう。


「あとが詰まってるから早く出てねー」


「……はーい」


 母さんからいつもの忠告。言われなくても分かっているのに。少し沈んだ気持ちでお風呂へ向かう。


 脱衣場。僕は服を着たまま風呂に入るような趣味は持ち合わせていない。よって、普通に服を脱ぐ。おぉ、暦の上では春といってもまだ寒い。女子ならサービスカットなのに、とか考えるのはサブカルチャーのめり込み過ぎているのかもしれない。僕(パンツ一丁)には恐らく需要はないな。姉(パンツ一丁)の需要も想像出来ないけれど。


 そんな下らないことを考えながら、いざ風呂場へ向かう。独特な湿気が僕の肌に張り付く。1番風呂は父さんで、あとは下の子から順番に。これがうちのルールだ。姉たちいわく、あとの人のことを考えて入りたくないらしい。僕も好きなだけ長風呂したい。


 かけ湯をする。外気との温度差に体がびっくりする。いっしゅんドキッとなって、足の方がじわーってなって、温かさに体が溶けていく。


 お風呂に入る。つま先からそっと。プールじゃないんだから飛び込まない。プールも飛び込んじゃダメだっけ。気にしない。


 体がどんどん温まる。思考がゆっくりになっていく。溶けていく。溶けていく。溶けていく。まるで天国のようだ。天国、行ったことないけど。あるのかも知らないけど。


 天国のイメージといえば、お花畑になっていて、この身一つでその中を歩き回って。でもそこには食べ物とか、勉強とか、現実的な悩みが一切なくて。ちょうど、そこに飛んでるようなちょうちょが飛んでいて……?


 あれ、おかしい。ちょうちょが飛んでいる。というか周りもお花畑だ。何これ。……え、あれ? どういうこと? 今流行りの異世界転生? もしくはほんとに天国? トラックでも家に突っ込んで、僕即死?


 動揺していると、声が聞こえてきた。


「……さい。」


 ん?


「……なさい。」


 聞き覚えのある声だ。


「早く出なさいって言ってるでしょ! 無視してるの!?」


 ……どうやら風呂で寝てしまったらしい。出たら姉さんたちに激怒されるんだろうな。天国は夢の国で、現実どころか怒った姉さん達の前という地獄に引き戻されてしまった。


 どうせ怒られるんだ。もう少しあったまろう。外の声を聞き流しつつ、僕はそう決めた。

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