王の断片

「うわっ!」


 ヘリエスの剣撃が再び始まった。一振りするたび、風を切る音が駆けていく。

 しかし最初よりも目が慣れたのか、剣筋を読むことができるようになってきて、少し余裕をもって避けることができるようになりつつある。

……いや、違う。

 避けるときに、自分の体がいつもよりも滑らかに動くし、一つ一つの動作が早くなっている。

 この歳にもなって魔法やファンタジーなんて信じたくないが、心臓が痛くなって、ダサい服にチェンジしてからの変化に違いない。

 今の俺は確実に、普段よりも身体能力が上がっている。

――爆発的、と表現しても差し支えない程に。


 その爆発的な変化を以てしても、ヘリエスに対抗するのは難しい。

 ヘリエスの剣は達人のような動きだと思っていたが、今の動きから、序盤は明らかに手抜きをしていたことが分かる。

 今は無駄が、いや、迷いによるブレがない。目の前の獲物だけを狙っているように、まっすぐに切っ先が心臓や首の動脈目掛けて向かってくる。


 しかし、その無駄の無さが隙でもあった。


 先程、ベルトを見て「フラグメント」と謎の言葉を口にしてから、腹、つまりベルト付近は

 ヘリエスはベルトを「渡してもらう」と言っていた。フラグメントが何を指すのかは分からないが、彼女にとっては宝物のような、壊さずに手に入れたい何かなのだろう。

 だったら、俺が取るべき行動は何か。

――簡単なことだ。


 ベルトを外し、彼女の剣が狙ってきた俺の右目の前に掲げる。


 ヘリエスが2、3歩どころでなく、数メートル後ろに瞬時に飛び退いた。今までの無駄のない小回りの利いた動きとは違って、演劇のような大げさすぎる動きで間合いを取った。

 


「ヘリエス!良く分からないけれど、これが壊れるとお前は困るんだろう?これ以上攻撃する気なら、俺はこれを叩き割る!」


 ヘリエスによく見えるよう、ベルトを持った右腕を前に出すと、ヘリエスが浅く唇を噛み締めた。

 よし、人質を取る悪者みたいなやり方で少し嫌だが、この流れなら行けそうだ。後は「これを渡してやるから俺には二度と近づくな!」と提案すれば良い。


「い、いいだろう!やってみろ!お前ごときの力で砕け散るようなら、いや、一筋でも傷が入るなら、それはただの擬物マガイモノだ。父上の、……王の断片フラグメントでもなんでもない。」


 思っていたのと違う反応だけれどまあ良い。


「ああ、そうかよ!じゃあ俺はこうするッ!」


 装甲のついた右腕を、思いっきり振り上げた。

 ゴツめのベルトが、放物線を描いて天高くへ勢いよく飛んでいく。


「なッ!?」


 今起きたことに目を白黒させ、ヘリエスは空に舞ったベルトを追いかけに行った。


 よし。まず第一段階はクリアした。

 これでフラグメントとやらを手にしたことで満足して戻って来なければ、このまま俺の勝ちだ。

 もし俺を殺すのが目的で、戻って来た場合は。

 その時は――。



 その時は、第二段階に入ろう。

 さあ、準備しなくては。

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