覚醒
――熱い。
心臓がドクリと大きく跳ねてからずっと、心臓が、熱い。
「ぐっ、うが、ァ」
獣の唸り声のような音が喉から漏れる。
舌を火傷したときのような気持ちの悪い痛みとともに、心臓の熱が全身に伝わっていく。
「馬鹿な!これではまるで――」
剣を構えたままのヘリエスが、化け物を見たかのように顔を強ばらせている。
……この顔だと、どうやら彼女に何かされてこうなった訳ではないらしい。原因は分からないが、この歳で死ぬなんて嫌だ。しかもこの歳で死因が心筋梗塞なんて最悪だ。俺の作ってきた料理は素人レベルのさもないものだが、栄養は考えていた。これがあのゴシップ好きの新聞部長にでも知られたら大変だ。
『料理部長、死亡!?原因は塩分過多の自作弁当か!?』
なんて見出しの記事で好き放題に書かれ兼ねない。眼鏡を光らせて嬉々としてペンを踊らせる様が目に浮かぶ。
全く、悪いことをしたわけでもないのに、何でこんな汚職がバレた政治家みたいな心配をしなければならないんだ。
心臓から手足の先に広がっていく血は熱いし、ずるずると這う虫のような感覚で血管を移動していて気持ちが悪い。
熱いし気持ち悪いし何か痛いし、新聞部長のムカつく顔が思い浮かぶしで、何だか段々ムカついてきた。
小さい頃にもこんなことがあった気がするから、元々俺の心臓が弱いのかもしれない。しかし、やっぱり今回のそもそもの原因は目の前で狼狽えているこのヘリエスとかいう少女のせいに違いない。
ヘリエスの強ばった顔に流れる、冷や汗の一滴にさえムカつく。
目の前で苦しみ出してからそんな顔をするくらいなら、最初から剣を振り回して襲いかかったりしてくるなよ!
ああ、もう!そこから一歩も踏み出せないなら、剣を一降りすることもできないなら、今はまず――。
「まず突っ立ってないで、救急車呼んでくれよ!」
ヘリエスを睨むように見上げながら叫ぶと、心臓がさらに一際大きく動いた。そして、胸を押さえた一瞬のうちに、焼けるような痛みが心臓から手足の指先までの全身を駆け抜け、視界一面が真っ赤になる。
「父上……」
痛みが退いていくのと共に、彼女の独り言がやけにはっきりと聞こえた。
何だ、ヘリエスの父親がここに来たのか。ならば彼女の一連の問題行動について、しっかりとクレームを入れておかなければならない。
うつ伏せになって胸を押さえていた右手を地面について体を起こそうとすると、やけに腕全体が重くなっているように感じる。
その違和感に自分の右腕を見てみると、鎧のような、黒色の金属製の装甲が覆っていた。
……何だこれは。
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