不幸の前兆

 内容は覚えていないけれど、変な夢を見た気がする。そのせいで朝は起きるのが遅くなったし、登校するときは、むしられたのかってくらい、やたらカラスの羽が落ちていた。いつもは大人しい、斉藤さんのとこのセントバーナードのまろんちゃんも、俺が通った瞬間、いつもは出さない奇妙な高い声で吠え始めた。

 今思えば、あれらは全部、不幸の前兆だったんだと思う。


「何が不幸だ。ただの凡ミスだろ。」

「ただのじゃねえよ!1個ずれただけで、12点だぞ!?自己採は85点だったのに!」

「高すぎないか?お前自己採点もどこかずらしてるぞ。」

「断言するな!実力だ、実力!」


 幼なじみの蓮佛れんぶつ かおるという男は、仏頂面、寡黙、口を開けば失礼な言動と、良好な人間関係を築くには難点ばかりを抱えている困った奴だ。それなのに女子からの人気は高いらしいというのだから、世の中絶対に間違っている。顔か。いや、高身長が良いんだろうか。とにかく女子の皆は見た目に騙されているに違いない。


「何ジロジロ見てるんだ。気色悪い。この菓子ならやらんぞ。」

「本っ当に失礼だな!そして自分で作るからいらねえよ!」

「じゃあ俺の分も作れ。期待してるぞ、料理部長。」

「ふざけるなよ剣道部長。女子から貰った分だけで充分あるだろ。」

「でも、女子に教えろって言われるくらいだから、これより美味く作れるんだろ、料理部長。」

「料理部長を連呼するな。もちろんそれなりに作れるけど、こういうのは気持ちが大事なんだよ!」


 自分の心臓の上を叩くような仕草で気持ちの大事さを訴えたが、そんな自分をかおるはいつもの仏頂面の、しらけた目で見つめ返した。いちいち腹の立つ男だ。

 この男は、甘さを控えるために砂糖を少なめにしたりとか、上手く焼けているか何回もオーブンを覗きこんだりだとか、あんなに頑張って作った女子の気持ちなんか一切考えないで、食い物だから受け取っているんだろう。


「はー。これだから男は……。」

「お前だって男だろ。……まさか、とったのか。」

「下品だぞ。そういう繊細さのない男の感性が嫌なんだよ、俺は。」

「親父さんを思い出すからか。」

「……ほんとズカズカしてて嫌いだ。」


 ちょうど分かれ道になり、俺は薫に背を向けて、わざと歩く速度を上げた。

 男らしさは苦手だ。無神経でがさつで、変なところだけは動物並に鋭くて。

 十年も前に蒸発した父が、ガハガハと大口を開けて笑う姿が脳裏に浮かんでむかむかする。


「明日ちゃんと作って来る約束、忘れるなよ、料理部長。」

「だから連呼するな。あと、約束なんかしてないだろ!」


 振り向いて訂正すると、数メートル先の薫は露骨に五月蝿そうな顔をつくり、指で耳栓をしていた。本当に失礼な奴だ。クッキーは絶対に作ってやらん。


「うわ、またカラスの羽!」


 薫と別れて数分歩いていると、カラスの羽が2枚ほど落ちていた。朝も落ちていたが、この辺ではカラス自体そもそも見ないのに。やっぱりこれは不幸の前兆なのかもしれない。

 三歩下がってから、羽の周りを避けて歩く。

 そうやって地面の方を見ながら歩いていた俺は、気づかなかった。


「ほう。あれが私の兄上か。……随分と貧弱そうに見えるが。」


 背後で朧に光る電灯に降り立った人影が、薄紅色の唇を尖らせて不満げに呟いていたことに。

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