第4話
現れたのは、40過ぎの体つきの良い男だった。
どこかの暗殺者を思わせる、彫りの深い顔つき。
背中に大きなリュックサック、左手に小型のサイドバックを持っていた。
「五十嵐です。今日はよろしく」
男は――五十嵐さんは、簡単に挨拶を済ますと、部屋の中をぐるりと見まわした。その動作に遠慮も迷いもなかった。
「では、この部屋を貴様が来る前の状態に戻す。不要・必要の分別は後日自分でするように」
五十嵐井さんは荷物を降ろした。ずどん、という鈍い音が床に響く。
1分もかからず、五十嵐さんは仕事着への『換装』を終えた。スズメバチ退治でもするのかというくらいの重装備。顔も手も足も全て完全にカードされている。
「――では、状況を開始する。所要時間は30分。それまではここで離れて見ていろ」
そんな捨てセリフとともに、五十嵐さんは、戦場に相対した。
そこからあっという間の30分だった。
汚れという汚れ、ゴミというゴミが部屋から一掃されていった。
五十嵐さんの一挙一動には迷いも躊躇もない。1秒ごとに、自室が綺麗になっていくのをこの目で感じることができた。
これが、プロの力なのか。
「迷いを捨てれば、掃除の速度・質は上がる」
呆然としている私に、五十嵐さんは告げる。
「必要かどうか迷うから、捨てられない。そしてそれは積み重なりゴミの山を築く。今、こうして貴様の部屋を直に掃除しているかは分かる。お前は過去に縛られているのだな」
しゃべりながらでも、五十嵐さんの手は速度を変えない。着実にゴミが仕分けられている。
「過去の友人からのプレゼント、部活の賞状、アイスのあたり棒――これらは、かつては価値があったが、今はゴミとなり貴様の生活を圧迫しているものたちだ。お前はこいつらを捨てることに対して、後ろめたさを感じている。捨てることで、ゴミとみなすことで、過去の楽しかった出来事そのものもゴミとみなすのではないかと、な」
「そ、それは……」
言葉に詰まる。確かに、一人で掃除をしていたとき、想い出の品たちは一旦除外していた。
明日、処分しようと思っていた。
だが、五十嵐さんを呼ばなかった未来、明日の自分は彼らを処分していただろうか。何か言い訳をつけて、捨てなかったと思う。
捨てるチャンスは、過去に何度もあったと思う。だが、捨てられなかった。何度も同じ言い訳をして捨てなかった。その結果、同じように捨てられない思い出――過去が集まり、この部屋の惨状を形成したのかもしれない。
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