U+1B001〜U+1B11E

 祖母が亡くなった時のこと。

 祖母は数年前に天寿でこの世を去ったが、従軍看護婦の経歴を持っており、戦後は養護教員として働いていた。戦後間もなく、世を憂いた祖父が心中を持ちかけたところ、「死ぬなら一人で死ね」と吐き捨てて長男の腕を引いて出て行った人である。因みにこれは母が生まれる前の話であり、万一この時に祖母が「そうね、死にましょう」とかなっていたら、この世に私はいない。多分、私の気の強さはこの祖母から継いでいる。


 葬儀に参列するために、隣の市にある大きなホールへと向かった。一度に六つの葬儀を行うことが出来る規模のものであり、設備も真新しかった。現地で家族と合流し、葬儀会場に向かったところ、入口に液晶パネルが置いてあり、そこに名前が書かれていた。へぇ、最近はこういうのもデジタルなのか、と感心しながら画面に目を向ける。

 その途端、隣にいた妹と同時に、口から変な声を出した。


 画面にはよくわからない文字が書かれていた。

 名字は確かに母方のものだが、名前のほうに問題があった。うねるような文字。平素は見ない丸みを帯びて複雑な軌道を描く線。まるで筆でそのまま描いたような跳ねや払い。

 何だこれ、と呆気に取られていると後ろから追いついた母親がそれを見て感嘆符を上げた。


「あ、そうだ。こういう文字だったわ」


 その途端に、昔聞いたことが蘇る。

 母方の祖母に手紙を出す時に、平仮名でいつも書いていた。漢字はないのか、と母親に訊ねたところ「戸籍上はあるんだけど、誰も書けないからおばあちゃんも使ってないのよ」と言っていた。当時は小学生だったので「へぇ、難しい漢字もあるんだな」と思っていたが、画面に出ているのはどう考えても漢字ではない。

 例えるなら漢字と平仮名の中間。漢字を平仮名に変化させる過程に存在するもの。


 そう、祖母の戸籍上の文字は「変体仮名」だったのである。

 そりゃ実子である母がわからないのは当然だ。書いたところで理解出来る人も今では殆どいないだろう。


 いや、それよりも驚いたのはフォントである。

 画面上の文字は明らかに手書きのものを取り込んだとか、そういうものではなく、ちゃんと文字を打ち込んで表示していた。

 要するに、変体仮名のフォントがあるということだ。凄い。もうダブルで凄い。まさか祖母の葬儀で感動するとは思わなかった。


 一応万葉集を学んでいた時期もあったが、そういう場合は平仮名ないしは漢字で書かれていたし、万葉仮名を使う場合は教授が黒板に手書きで綴っていたから、まさかフォントがあるなんて思っていなかった。

 後から調べたら二〇一七年にUnicodeに登録されたらしい(それ以前にも戸籍登録用などでTRONコードには存在していたらしいが、これは文字コードではない)。文字コードの発達により、祖母の死後に本当の文字を知ることが出来るとは何ともおかしな話である。

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