眠れない夜は大体自分のせい

 ホテル住まいに慣れている身とはいえ、偶にどうしても眠れないことがある。某ホテルでは地球の裏からやってきた方々が夜通し騒いでいることが多い。ドアを開けては奇声を上げて、全身で喜びを表してくれたりする。生憎とジメジメとした場所で生きて来た身としては、そんなノリについていけないので、ベッドに潜り込んで「鎮まり給え」と繰り返すしかない。


 大晦日の夜、横浜某所のホテルは煩くはなかったが、静かすぎた。何故こんなに静かなのか考えてみたら、割と容易に答えには行きついた。皆、新年を迎えるために外に行っているからに違いない。私みたいに「よし、明日も七時に現地作業だ」という奴は早々いないのだろう。

 静寂の中、換気扇がくるくると回る音が響く。シンとした空気の緊張が耳に入ってくる。物凄く寝にくい。眠れない。これなら「ウェーイ、ハッピーニューイヤー!」と騒ぎまくる群れの中のほうが寝れそうな気がする。騒音も行き過ぎれば無に等しい。


 ベッドの中でゴロゴロと回転したり伸びをしたりして眠気を誘うが、どうしても換気扇が煩い。しかも私の部屋じゃない。隣の部屋の換気扇だ。どれだけ壁が薄いのか、想像しただけで泣きたくなる。水戸黄門のお供の方だったらワンパンでぶち抜けそうだ。


 六時には起きなければいけないのに、ただ眠れないまま時は過ぎていく。明日が休みで此処が自宅なら、アルコールでも飲んで寝るところだが、今からのそのそとベッドを出てアルコールを買ってくる気力もない。

 というか流石に大晦日にビジホで一人酒は嫌だ。

 そんなことを考えていると、換気扇に混じって別の音が響いた。

 何の音か、考える前に体が勝手に起きる。これは日ごろから使っている社用携帯の音である。鳴ったら出なければいけない。そういう風に出来ている。


「お疲れ様です」

「あ、出た。よかった」


 よくねぇよ。何なんだよ。今は深夜の二時だぞ。

 遠く、北海道からの電話に悪態を吐きたくなりながら、仕方ないので会話を続ける。換気扇はまだガラガラとやかましい。


「実はサーバが落ちちゃってさ」


 理論上は可能だが無茶な操作をしたら、サーバが落ちたらしい。当たり前だ。というか稼働日にそんな無茶をしないで欲しい。まぁ自分の案件でないから、どうでもいいけど。

 再起動と設定手順を電話で話していると、不意に眠気が到来した。

 いや、待って。今じゃない。

 さっきまでは物凄く待ち望んでいたけど、データベース復旧作業中には欲しくない。


 しかし、人間である以上仕方がない。起き続けていればやがて眠りにつく生き物であることは自明の理である。

 そして電話の向こうの相手も人間である。夜中の二時に電話をかけてくる、とんだサイコパスであるが、人の心は持っているはずだ。


「眠いんですけど」

「サーバが正常に動くまで我慢して!」


 あぁ、やっぱり。所詮人の心など持たぬモンスターだ。会話しようとした私が愚かだった。

 電話なんて無視すればよかったなぁ、と今更なことを思いつつ、データベース再起動の手順を相手に伝える。複雑な手順を思い出している間に、眠気はどこかに消えて行った。

 そして二度と戻ってくることはなかった。


 教訓。寝る時には携帯電話の電源を切ること(前にも似たようなことがあったな)

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