流血とバスルーム

 旅先では色々なことがある。

 バスルームで突然流血して止まらなくなった時にはどうしようかと思った。


 暦上は春でも、まだ雪が残る地方での作業。その日も元気に「データベースが落ちました!」と言いながら自棄になって仕事をしていたが、それも夜の十時には解放された。

 シーズンオフなので安く取れた広めのホテルに行き、細々とした作業を片付けてからシャワーを浴びるためにバスルームに入った。


 事件が起きたのは、その五分後のことである。

 シャワーをフックにかけようとした時に、ホースに赤いものが付着しているのが見えた。怪訝に思っていると、今度は目の前の壁に細かな血しぶきが飛ぶ。それを皮切りにして、バスルームの床や壁に血が付き始めた。

 これが呪いの類でないとすれば、血の発生源は間違いなく自分である。だが手や足に目立った傷はないし、痛みもない。ただ首を左右に向けると血もそれに従うように動くことから、発生源は顔だと判断した。

 顔を触ると、鼻の頭から細い鮮血がピューピュー出ていた。


 ……何事?

 別にこんなところ怪我した記憶もなければ、吹き出物も出来てないのだが、それでも血は出続けている。止まる気配がない。

 床も壁も赤く染めながら、私は暫く考えこんだ。数時間前にサーバの前で「このデータベースとあっちのデータベースを同期させるにはどうしたらいいか」を考えた時よりも真剣に。

 バスルームの鏡を見た所、鼻の頭に物凄く小さな傷? が出来ていて、そこから血が出まくっている。恐らく爪で毛穴でも引っ掻いたのだろう。そして身体が暖められたことで、血が出てしまった。……えー、でも偶にムダ毛処理に失敗して傷作ることがあるけど、こんなに何分も血が噴射することないけどなぁ。皮膚構造とかが違うんだろうか。


 悩む間にも血は飛び散り、私の足や手にも飛沫を掛ける。

 いつまでもこんなことをしていても仕方がない。とりあえず身体を洗い切ることを優先する。邪魔な血飛沫を避けながら何とか目的を遂行すると、タオルで鼻を抑えながら外に出た。すまない、清掃の方。でもベッドや床を血で汚すよりはマシでしょう?


 着替えた後に、鼻を抑えるものをタオルからティッシュへシフトチェンジする。まぁこれで押さえておけば止まるだろう。そう思ってから五分後、血まみれのティッシュが膝に落ちたことで敗北を知る。


 何だお前は。いや、私の血液なんだけど。私の意志に逆らってピューピューと何がしたいんだ。「こんな社畜の中になんていられるか。俺は自由になる」とかそういうことか。薄情な奴め。


 インターネットで調べてみたが、「鼻血」に関する情報しか手に入らなかった。偶に見つかったと思えば、「ニキビは引っ掻いたりせず……」という予防的な記事ばかり。違うんだよ、今、鼻の頭から吹き出している血をどうにかしたいんだよ。

 一時間ぐらいすると、血が失われてきたのか、眠気が勝ったのか、クラクラしてきた。

 しかし流血したまま寝るわけにはいかない。鼻の頭は形状と性質から絆創膏が貼りにくい。

 悩んだ挙句に、肌用の軟膏を鼻に塗りつけて、そのうえに化粧用のコットンを貼り付けた。軟膏とコットンがもの凄く邪魔だけど、血よりはマシである。これで朝まで血が止まらなかったら、流石に病院に行こう……と珍しく殊勝なことを考えながら眠りについた。


 結局翌朝にはコットンをバリバリにしながらも止血は成功した。あれ以降同じことは起きていないし、鼻にも異常はないのでよくわからない。しかしコットンは常備しておくべきだと学んだ。

 

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