見返りを求めるなかれ
春目前の北海道で仕事をしていた時のこと。
サーバ室の窓から外を見ると、白い雪が白い地面に積もっていくのが見えた。足元からは冷たい空気が吹き上げ、天井からも冷たい空気が吹き出しているというのに、窓の外からの冷気も凄い。寧ろ空調がなくても外の寒さだけでサーバの温度を低く出来るんじゃないか、というぐらいである。
寒いというか痛い、と思いながらサーバ室の照明を点けようとした時にプロマネが決意したように顔を上げた。
「煙草」
「あ、私も行きます」
煙草を吸うには病院の敷地外に出なければいけない。一番近いのはパチンコ屋だが、そこには車に乗る必要がある。サーバ室で冷たい風にあたっているぐらいなら、車の微弱な暖房のほうがまだいいというものだ。
嬉々として同意した私を見て、プロマネは「そうだな。人手は多いほうがいいな」と呟いて出て行った。
車に乗り、病院を出てから十分後。
いつものパチンコ屋ではなく、ホームセンターがそこにあった。
きょとんとしている私を置いて、プロマネはさっさと中に向かう。慌てて追いかけてエレベータに乗り込むと、そこで漸くプロマネは口を開いた。
「椅子と防寒シート」
あぁ、それを買いに来たのか。煙草を吸うついでに。
確かにそれなら人手は必要かと思うが、私は残念なことに非力である。なるべく軽い椅子を探そうと決意してエレベータを降りた。
どうでもいいが、ホームセンターが広すぎた。私もまぁまぁ田舎の出だが、北海道のスケールには肝を抜かれる。どこまでも続くフラットな床。遠くから聞こえる犬の鳴き声。壁に貼られた店内マップには割りと大きめに「ドッグラン」と書かれているスペースさえある。
広い店内を探しまわった結果、非常に軽いプラ製の折りたたみ椅子と防災用の銀色のシートを入手した。畳むとポケットティッシュぐらいなのに、これで結構温かい。それらを抱えて再び病院に戻ると、寒さに凍えているメンバに椅子とシートを分け与えた。驚きながらも感謝を口にして皆品物を受け取る。
気分的にはあれだ。ナザレの誰かさん。
皆が椅子を置き、シートをひざ掛けにして座り、仕事を始める。皆暖かそうだ。よかったなぁ、と思いながら自分の分の椅子を手にして、あることに気がついた。
サーバ室にも若干暖かい場所というのが存在する。それは非常に限られたスペースであり、すぐに埋まってしまう。皆、私から椅子を受け取るや否や、比較的温かい場所を狙って作業を開始したため、私にはもう寒い場所しか残っていなかった。
すなわち窓側。床からも天井からも冷たい風が溜まる場所である。
というか今更だが人が仕事する環境とは言えない。
しかしそれで文句を言うのも変なので、渋々とそこに椅子を置いて、腰にシートを巻いて座った。……温かい。悔しいがシートは優秀だ。若干寒いことに変わりはないが、仕事をするには支障ないぐらいである。
こんなことなら煙草を吸いに行かなければよかったなぁ、とふと思い、更に気がついた。
椅子を選ぶのに夢中で、煙草を吸うのを忘れた。
これでは、ただ椅子を買いに行っただけではないか。凄い癪。凄い損した気分。
数分前の満足感など何処へやら、完全に不貞腐れてパソコンの電源を入れた。
もし転職できるとしても、私に救世主は無理である。
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