書道二段の腕が鳴る

 基本的に我々はパソコンを使うのだが、どういうわけだか会議の時にパソコンを使うのを疎遠することが多い。

 手書きでメモして、それをあとで議事録に清書するのだ。そんなの誰も得しないだろと思うが、何故かそういうことが多い。

 だがまだそれならいい。議事録を後で書く程度なら、わからなかったところを周りに聞けばいいだけだからだ。


 数年前、ある案件を無事にやり遂げて、クローズミーティングを行った。

 要するに「もうこれで我々は現地での作業を終えますが問題ないですね?」という確認を込めたミーティングである。

 大抵のクローズでは、後日議事録を送付して、お客様に確認してもらい、サインを貰って一見落着となる。

 だがその時は事情が違った。普段は存在しない縛りがあったのである。


 ・議事録は後から送付出来ない

 ・手で持ってくることも出来ない

 ・その場で議事録を渡さなければならない

 ・ミーティングルームにパソコンは持ち込めない


 何でか話すと随分と長くなるので割愛する。まぁ色々な事情がからみ合って、そうなってしまったと認識していただければ良い。

 これらの縛りを全て克服するには、そう。手書きしかない。


 課長はどこからか取り出したレポート用紙を、おもむろに私に差し出した。

 そう。議事録は一番年が若い者が取る。その時の面子で一番年下は私だった。


 ミーティングルームでレポート用紙を広げる。手に握りしめるのは、数年前に買ってから殆どつかっていないシャープペンシル。そしてペンケースの中のゴミをかき集めてしまった消しゴムである。

 こんなことなら、柔らかいグリップのやつとか買っておけばよかった、と思いながらレポート用紙に日付を書き込む。それを待っていたかのように課長は「ではミーティングを開始します」と切り出した。


 書いた。物凄く書いた。

 レポート用紙にみっしりぎっしり、三枚分は書いた。

 皆、私の苦労など知ったことではないわい、と早口に喋るものだから、何度もシャーペンの芯を折っては、何度かノックすることを繰り返した。十分もするとグリップを握る手は汗に塗れてしまい、紙の端も少しよれてきた。

 書いても字が汚くては意味がない。これでも私は書道を習っていたので、その全力を紙にぶつけた。大学卒業以来、まともに文字なんか書いたことがなかったから、「駐車場」の字を間違えて「車車車場」みたいな字を生み出したことを妙に覚えている。


 一時間に及ぶ戦いが終わり、痺れる手でレポート用紙を集めようとすると、横から課長の手が伸びて、それを全部持っていった。疲労困憊の頭の片隅で、「これがただ今の議事録です。サインをお願いします」と言っているのが聞こえた。

 まぁ何にせよ終わったのだ。私は頑張った。字が最後あたりはミミズのブレイクダンスみたいになっていたが、書いたことに変わりはない。


 ミーティングルームを出たところで、課長が「うーん」と言いながら腕組をして首を傾げた。何ですか、と言うとニヤついた顔をして、口を開いた。


「あんなに細かく書くことないんだよ。「〜について確認しました」「問題なし」とかまとめておけばいいんだって!」


 うっせぇ、じゃあお前が書け。

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