爪と海
絶賛14連勤中で家にも帰れないので、文頭に全角スペースを入れられないのが気になるけど、更新しないのはもっと気になるので徒然してみる。
元々、手袋など指先を覆うものが苦手なので、スキーにでも行かない限りは手袋をしない。なんかストレスで外してしまうのだ。
そんなわけだからマニキュアも苦手である。
世の中の女性達が爪を綺麗に整えているのを見ると、素直に凄いなぁと思う。
まぁマニキュアとかしなくても、爪にヤスリをかけるくらい出来るのだが、如何せん仕事でよく爪が割れるから、面倒になってしまう。
今朝はサーバラックの扉を外そうとして、左の爪を少し割った。あんなに堅い扉なら外敵にも勝てるだろう。心強い限りである。
サーバを現地で組み立てたり分解するのも仕事のうちだが、残念なことに私は不器用だ。私が関わったサーバは配線がちょっと雑である。
だが、別にそれは私だけの特性ではない。
一年に一度は凄まじいサーバに出くわすことがある。
ある打ち合わせをするために客先に行ったら、保守の担当者が偶然来ていて呼び止められた。
猫も嫌がるような猫なで声で、一緒にサーバラックの中にある謎の装置の調査をしようと持ちかけられた。
知らん。一人でやれ。と言えないのが会社勤めの辛いところ。
仕方なくついていき、サーバ室に入り、立ち並ぶサーバ群の中から該当の物を見つけだす。そして扉を開いて絶句した。
それは私の前に混沌とした肉体をさらけ出し、無数に生えた手と足と脚を複雑に絡めていた。隙間から覗く赤い目が明滅し、それに合わせて軋んだ音を(以下略)
なかなか凄い配線だった。一部は三つ編みみたいになっていたし、絡んだコードの下にルータが倒れていた。誰がやったのか犯人探しをしたくなる出来栄えである。
「謎の装置とやらはどこにあるんですか?」
「謎なんだよね」
込み上げる怒りを堪え、スーツの上着を脱ぎ捨てる。シャツの袖をまくりあげると、私は配線の海に手を入れた。
どこに何が刺さっているかわからない。LANケーブルの一本でも抜けてしまえば大惨事である。
慎重にコードを手繰り、ケーブルを持ち上げ、一つ一つをゆっくり分解していく。
正確にはどれが何の配線かわかりやすくしているだけだが、気分はそんな感じである。
奮闘する私の後ろで、保守の人は呑気に事の経緯を話しているが、正直どうでもいい。私はただ、早くこの場を去りたいだけである。
謎の装置が何をしているかなんて、私には関係ない。たとえその装置が叡智の石、モノリスだったとしてもだ。
十五分の戦いの末に、漸くその謎の装置を探り当てた。
持ち上げようとした時に、身体が前傾した。その装置が思いの外ぎっちりとサーバに固定されていたのだ。
このままではサーバに顔面から突っ込む。ロゴマークを顔に押し付けることになる。それだけならまだ良いが、眼前にあるのは扉を止める鋭い金具だ。これで顔を切ったら、抜刀斎の出来上がりである。冗談ではない。
左手を伸ばし、サーバの側面を掴む。コードを咄嗟に避けたのは、反射神経の良さではない。ただの運である。
左手に力を入れて、壁を突き放すようにして後方へ体重を移動する。同時に右手に持った装置も手放し、私は無事に床に転がった。
キョトンとしている保守の人を見ないようにしながら、改めて装置を取ろうと立ち上がった時に、違和感に気付いた。
右手の親指の爪の白い部分が無くなっていた。そう言えば、なんか妙な抵抗があった気がする。
白い部分だけだから痛くはない。だがちょっと深爪気味でスースーする。
コード塗れのサーバの中を覗いたが、私の身体の一部はどこかに埋もれてしまって見当たらなかった。
いまもあの爪は、サーバの中に埋まっている。遺伝子情報が必要な場合は、是非ともコードに気をつけながら、私の欠片を救い出して欲しい。
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