転職はいつも唐突に

 IT系のご多聞に漏れず、転職歴がある。

 前の会社はまぁまぁ大きな方だったと思う。社員旅行で東南アジアとか行っていたし、研修はアメリカだった。


 でもどうにもこうにも嫌だった。

 数年ぐらい我慢したが、肺炎で死にかけた病床で「いいから働け(意訳)」と言われた時に、もうなんかこの会社は私の人生に要らないなと思った。でも体力がなかなか戻らなかったので、更に半年ぐらいいた。


 とどめとなったのは四月に「去年の決算」が発表された時だ。

 社員から月に三千円も徴収する親睦会だかなんだかの決算報告が滅茶苦茶だった。「残高は大体六十万円です」と堂々と言った後輩の顔面にエルボーを決めたい気分だった。そんなふざけた決算があるか。お前らになんで月三千円も払わなきゃいけないんだ。さんすうのおべんきょうの資金を出しているわけじゃないんだぞ。


 というわけで辞めた。

 辞めた時にその親睦会とやらに「積立金を返せ」と言ったら、間違った額で出してきた。九九の三の段が出来なくてもIT系に就職が出来るらしい。なんて世の中は素敵なんだろう。


 会社の言うことは聞かないけど、同期の中では稼ぎ頭だったためだろうか。一応、形式上の引き止めはあった。


「もしこの会社が明日世界トップレベルになっても辞めたことを後悔しない」


 と言ったら、なんだか口にハリセンボンでも入れられたようになって部長が黙った。

 黙るなら最後まで寡黙にしていればいいのに、「退職日は五月三十日で(※)」と言われた。調子に乗っている。勿論却下した。


 やめてから暫くして、親睦会が手紙を送ってきた。まだ返金に間違いがあったらしい。凄いな、君たち。

 「同封されている封筒に書面を入れて返信してください」と書かれた手紙と一緒に入っていたのは、白い長封筒と五十円切手(※)だった。つくづく辞めて正解だと思った。


※1:五月は三十一日までなので、三十日でやめると本来会社が処理するはずの保険料やらなんやらが自分の身に降り掛かってくる。詳しいことは端折るが、こういうことをやる会社は多いらしいので注意。


※2:その一年ぐらい前に料金改定したので五十円ではハガキも送れない。

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