5.Let's cooking!

「あなた……生きていますね?」



「え? それって、どういう……」

「私は『死霊専門』なのでね、本日はこれで失礼させて頂きますよ」


言うが早いか、除霊師はさっさと荷物をまとめて退出してしまった。




「何だったんだ……?」

「うう……」


ユウちゃんが苦しそうな声を上げる。


「だ、大丈夫か!!」

「だい……じょうぶ……です。少し食べて寝れば……」

「そうだ、夕飯! 何が食べたい?!」

「じゃあ、ハンバーグ……カレーを……」

「わかった! ハンバーグカレーな! 今すぐ用意するから」


……って! めちゃくちゃ重たい奴じゃないか!

 そうかそうか、なるほどな。


「さては……そんなに体調悪くないな?」

「あ、バレました? あはははっ」

「おいコラ」


 除霊師が帰ったあとの室内を見渡すと、ユウちゃんが引っ掻き回したせいで相変わらず散らかったままだ。


「そうだ部屋! 荒らしたままだろ。作ってやるから片付けろ!」

「はあい」


まったく……でも、無事で良かった……未練も晴らせず消滅なんて、残酷すぎる。




 小柳さんから連絡があったのは、その翌朝のことだった。


「ゆ、優香のっ……妹の容態が悪化したって!」

「お、落ち着けよ。お前キャラ崩れてるぞ」

「キャラ……? 何のことかしら?」


おい、白々しいぞ。


「まあ、いいや。それで……どうしたって?」

「そ、そうなの! 妹の容態が昨晩急に悪化したってお医者さんから!」

「悪化した? どうしてそんな突然……」

「原因は不明……今はどうにか回復に向かっているみたい」

「……そうか。なら良かった」

「ああ、ごめんなさいね。こんな早朝に」

「ほんとだよ、まったく……切るぞ?」

「ええ、それじゃ」


 ………………


なんなんだよ、ユウちゃんと言い、小柳さんの妹さんといい……


 俺は、妙な胸騒ぎと疑問を抱いた。




 次の日、大学から帰ると、ユウちゃんは体調が戻ったのか、いつものように元気いっぱいで出迎えてくれた。


「おかえりなさいっ!」

「おう、ただいま。もう大丈夫なのか?」

「はい! この通り、バッチリ元気です!」

「ならよかった」

「そ、それで……その……おねがいなんですけど」

「ん? なんだ?」

「お、お夕飯をですね……作りたいなーって思いまして……」

「夕飯? お前が?」

「はっ、はい!」

「え、えぇ……」


どうしようか。正直とっても心配だ……


「そもそも、どうして急に料理なんてやろうと思ったんだ?」

「ええっと……ですね、秋斗さんに日頃の感謝を伝えたいなぁと……」

「日頃の感謝なら別に料理じゃなくてもいいだろ」

「そ、そうなんですけど……」


 うっ、その顔は反則だって。上目遣いで目を潤ませながら見つめられたら断ることなんてできるはずが……


「し、仕方ないなあ! 今回だけだぞ?」

「ほんとですか!? やったー!!」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねるユウちゃん、かわいい。跳ねておきながら足が地面に着いていないところとかなんかかわいい。


「今までに料理をしたことは?」

「ないです!」

「そうだよなあ……うーん、何が作りたい?」

「じゃあ……オムライスとかどうでしょう!」


そうかオムライスか。オムライスならそこまで難しくないな。


「よしわかった! それじゃあまずは手を洗ってから、野菜を切ろうか」


 ユウちゃんが手を洗っているうちにまずは冷蔵庫の野菜室からニンジン、玉ねぎ、ピーマンを取り出す。


「はい! 洗ってきました!」


ビシッと敬礼をするユウちゃんにピーラー(皮むき器)を指し示す。


「これを使ってまずはニンジンの皮を剥いてくれ。俺はその間にスープの用意をするから」

「りょうかいです!」


 ユウちゃんが楽しそうに皮に刃を滑らせる様子を横目に眺めながら、俺は先程言っていたスープ、及びサイドメニューの準備を始める。玉ねぎとニンジンはユウちゃんが切ってくれるのを使うとして、後はじゃがいもと……よし、コンソメスープの素もある。


「先生できました!」

「お、どれどれ? 見せてみろ……って、ほとんど実が残ってないじゃないかーい!」

「うう……思ったより難しくて……」


ユウちゃんは、しょぼーんと肩を落としてアホ毛を垂らす。


「ちょっとくらい皮が残っていてもいいんだからな? じゃあ次は玉ねぎお願い」

「はい!」

「ある程度皮剥けたら声かけろよー」


 さて、こっちはじゃがいもの皮を剥きましょうかね。俺はもう慣れてるからね、ピーラーなんて使わなくても余裕ですわー。……とか言うと手とか切りそうだから言わないけどな。


 ある程度じゃがいもの皮を剥き終えたあたりで、再びユウちゃんから声が掛かった。


「これでいいですか?」

「お、いいじゃん。次はそれを切るんだけど……できる?」


ぶんぶんと首を振る。


「お手本見せてください!」

「そうだな」


ユウちゃんにも見えるように、少し斜めになってまな板に向かった。


「まずはこうやって、縦に半分に切る」

「たてに半分にきる……」

「うん。そうしたら切った面を下にして、端の方から縦にざくざく切る」


ザクッザクッザクッ


「たてにざくざく……」

「やってみな?」


ユウちゃんに包丁を手渡す。


  スカッ


……おっと危ない。うっかりしているとユウちゃんが幽霊だということすっかり忘れてしまう。気をつけねば。

 包丁はまな板の上に置いて、その場を明け渡す。


「えーと、まずはたてに半分にきる……」

「ストップ、ストーップ!!」

「へ?」

「手丸めて! 指切るから!」


右手に構えた包丁の向かう先は、手を平にしてしっかり押さえこまれた左手指。

俺は仕方なく、予備の包丁を取り出して、ユウちゃんの横で玉ねぎを切り始める。


「こうやって、左手は猫の手にして軽く押さえて……」

「こ、こう……ですか?」

「そうそう! うまいうまい」

「えへへ」




 なんとか野菜や肉を切る作業を終了し、ケチャップと一緒に炊飯器に突っ込んで、オムライスの、ライスの準備が完了した。もちろんスープの方も抜かりはない。


「いよいよオムですね……」

「ああ……」


 「オム」とは、おそらくオムライスの卵の部分ことを言いたいのだろう。ほら、『オム』レツともいうし。


「それじゃ、まずは卵を割ろうか」

「は、はい!」


 ここまでなんとか完成させることができた……だが、前からわかっていたことだが、ユウちゃんは不器用だ。そんな彼女が卵を割る、なんて言い出したら、何が起こるかはだいたい予想がつくもので……


  トントンッ、グチャッ


「「あ……」」

「たまごのカラ、入っちゃいました!」


ユウちゃんが泣きそうな顔で卵を割りいれた容器を見せながら言う。


「やっぱりな! やると思ったよ!」

「うう……どうしましょう……?」

「ほら、殻はとってやるから、もう一回やってみな」

「……はい!」


 彼女が卵をきれいに割ることに成功したのは、それから十回くらい挑戦した後だった。どうしよう二人でこんなに食べない……


 先ほど出た大量の卵の残りはスープに入れることにして、今度はオムレツに焼いていく作業だ。


「溶き卵の貯蔵は充分か!?」

「いえっさー!」

「よーし、これより、『ふわとろオムレツを作ろう大作戦』を実行に移す!」

「らじゃー!」

「まずは溶き卵を、あらかじめ温めておいたフライパンに流し込む」

「たまごを、ながしこむ……」


じゅわっという音とともに、卵はたちまちフライパンいっぱいに広がった。


「そしたら手前の方にフライ返しで卵をかき集めて」

「たまごをあつめる……」


フライパンと接していた部分は、すでに固まり始めていたようで、ユウちゃんでも簡単にめくることができた。


「そのまましばらく待つ」

「しばらくまつ……」

「形崩れないようにちゃんと押さえとけよー」

「はーい」


 後は形状を整えながら完成を待つだけなのだが、さすがに火からあげるタイミングをユウちゃんがわかるはずもないので、俺が確認することにした。


「うーん、そろそろ……よし、いいぞ!」

「できた!」

「そしてここに、あらかじめ作っておいたチキンライスを盛り付けたものがあります」

「さすが秋斗さん! やるうっ!」

「だろ?」


皿に盛り付けられたライスの上に、オムレツを丁寧に乗せていく。


「最後に、これをこうして……完成だ!」

「おおー!!」


オムレツを菜箸で真ん中から裂いていくと、ふわとろの中身がこぼれ出してきた。


「す、すごい! とってもおいしそうにできました!」

「それはよかった」




 ユウちゃんの分のオムレツは俺が作ることにして、ようやく夕飯の準備が整った。


「さあ、どうぞめしあがれっ」

「おう、いただきます! うん、おいしいよ!」

「よかったあ」


 俺がオムライスを頬張る姿を眺めてにこにことほほ笑むユウちゃん。さては俺が食べ終わるまで眺めているつもりだな?


「ほら、ユウちゃんも。遠慮してないで食べろ食べろ。冷めたらおいしくなくなっちゃうぞ?」

「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて……」


ユウちゃんは、おそるおそるスプーンでオムライスをすくい、口に運ぶ。


「はむっ、んんー! おいしいです!」


 歓喜の声を上げるユウちゃんを、今度は俺が見詰め返す。なんていうか、ほっこりする。


「あ、そうだ秋斗さん。あーんしてください」

「は? い、いやあ……それはちょっと……」


恥ずかしい……


「ええーなんでですかー?」

「それは……そ、そう! 俺がスプーンに触れたままだと食べれないだろ?」


 ユウちゃんは基本的に生物と、それが触れている『モノ』には触れることができないのだ。だから、手袋をすれば幽霊に触れられる……なんて、そう都合よくはないわけだ。


「試してみなくちゃわからないじゃないですかー」

「う……じゃあ一回試してみるだけだぞ?」

「はーい。あーん……」


オムライスを一口分だけすくい取って、ユウちゃんの口に近づける。



あーん……ぱくっ、もぐもぐ……



「あ……あれ?」

「食べれ……ましたね」

「そうみたいだな……」

「ふふっ」

「ぷっ、あははは」


ぽかーんと間抜けな顔をした俺を、ユウちゃんが笑う。それにつられて俺も笑う。


「えへへ」


 ユウちゃんの、くすぐったそうに、そして幸せそうにはにかむその表情には、どこか寂しささえ感じられた。




「「ごちそうさまでした!」」


 食事中、ひと時も話題は絶えず、本当に楽しい食事となった。ユウちゃんと料理を作るのも意外と悪くないな。

 キッチンに二人で並んで食器を洗う。俺が洗剤で洗い、ユウちゃんが拭いて片付ける。


「秋斗さん。これはどこですか?」

「小皿は大皿の奥だ」

「これは?」

「お椀は鍋の横」

「じゃあこれは?」

「包丁はキッチンの下……って、何もわかんないじゃんか!」

「てへっ」

「ざけんな」


普段どれだけ家事を手伝ってこなかったかが一発でわかるぞ。


「そんなに怒んないでくださいよー。あ、これで最後ですね……きゃっ!」


 ユウちゃんの手から、サラダを入れていた器がこぼれる……そのまま器はクルクルと回転しながら……


「あ、ぶなっ!!」


なんとか滑り込んだ俺の手に落ちた。


「おおー」パチパチパチー

「おおー……じゃねぇっ! 拾えぇぇ!」

「いいじゃないですか、割れなかったんだしっ」

「俺のおかげでなっ!?」

「わーい、秋斗さんありがとうございます!」

「ワー、棒読みー」

「そんなことないですよ。ちゃんと感謝してますよ?」

「どうだか」

「いつもありがとうございます」


ユウちゃんはそう言って頭を下げた。


「な、なんだよ改まって……」

「なんでもないですっ」


ユウちゃんはそう言ってキッチンから去って行ってしまった。



 多少のアクシデントはあったが、こうして俺たちの料理イベントは終わりを迎えたのだった。

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