4.近代科学と非現実

 家に帰ると、ユウちゃんが玄関まで迎えに来てくれた。と言ってもリビングから3メートルくらいしかないけど。


「ただいまー」

「おかえりなさい! その……どうでした?」

「なんともなかったよ!」


そもそもお前がいなかったらこんなことにはならなかったんだよ!


「今日はちゃんと大人しくしてたのか?」

「はいっ! もちろん! 今日もなにもありませんでした!」


元気はいい。元気はいいんだが、なにかありそうで怖い。


「夕飯何がいい?」


そう言って、リビングへ歩みを進めると…………空き巣にやられたかのように荒らされていた。




「何をした!? それとも何があった!?」

「え、えーーと……」


ユウちゃんの目は、右に左に高速遊泳していた。


「……言え」


声を低めて威圧してみる。


「は、はいぃ! 言います、言いますからぁ!」


 今回もあっさり折れた。



 説明がたどたどしいので、今回も彼女の話を要約することにする。

 男の一人暮らしと言えば、いかがわしい本のひとつやふたつ出てくるだろうと思い、家中を引っ掻き回していたらしい。


「だから、今日『も』なんにもありませんでした!」

「あるわけないだろそんなもの」

「ええーー、うっそだあ。秋斗さんくらいの年の一人暮らしなら絶対隠し持ってるって言ってたんです!」

「誰がだよ!」


すると、ユウちゃんがどこからともなく雑誌を一冊取り出した。


「このまんがですっ!」

「どこで拾ってきた、その少年誌!」


 今どきの少年誌はそこら辺の基準ユルいからな。というか、そもそも俺が引っ越してきたときからお前がいたんだから買えるわけないだろ。見た目だけは花の女子高校なんだし。あ、いや、ユウちゃんがいなくたって俺はそんなもの買わないぞ?


「しかも荒らしておきながら普通に出てきて、悪気も反省もないっていうね」

「えろ本探しはお決まりイベントなんですよねっ」

「んなわけあるかっ!」


  ピンポーン


 ユウちゃんと不本意ながら日常化してしまったやりとりをしていると、不意にうちのインターホンが鳴らされた。


「誰だろう、郵便かなあ」


 玄関の小窓から外の様子を伺うと、スーツに身を固めた、三十路半ばくらいの男性が立っていた。


「こんばんは。こちらはあなたのお宅ですか?」

「そうですが……何か御用ですか?」

「はい、私(わたくし)こういうものです」


男性はそう言って名刺を取り出した。


「近代科学霊能研究事務所、死霊専門除霊師……?」

「はい、こちらに幽霊が出るから退治して欲しい、と依頼を受けたのですが……」

「え? 誰にです?」

「このアパートの大家さんです」


それもそうか、近頃の幽霊騒ぎで住民がだいぶ減ったんだっけ。……って、え?


「さっそく中の様子を確認させていただいてもよろしいでしょうか?」

「あ、はい。どうぞ」


……除霊? なんだ、今この人は何て言ったんだ?

ユウちゃんを……退治する……?!


「ほうほう、なるほど。これはなかなか強力な霊が取り憑いているようですね」


そう言って、男性はリビングへの扉に手を掛けた。


「ちょっと待っ……」


  ガチャッ


「これはまた……相当散らかってますね。霊の仕業ですか?」


もしかして……見えていない?

 今、ユウちゃんは、ちょうど彼が見つめているテーブルから、物珍しそうに男性を眺めている。


「確かにこの部屋から気配を感じます」

「そ、そうですか……」


 除霊師と言えども、はっきり姿が見えるとは限らないのか。なんかそんなに強くなさそうだな。インチキ霊媒師的な。


「それでは、まずは霊の正体を確認させて頂きますね」


 ホッとしたのも束の間、そう言って彼が取り出したのは、オシロスコープのような装置だった。


「あれ? 御札とかじゃないんですか?」


ふと疑問に思ってそう尋ねてみると、男性は分厚い眼鏡を指で持ち上げ、得意げに説明を始めた。


「ええ、うちでは近代科学に基づいた、最新鋭の機材を導入していますからね。御札なんていまどき流行らないですよ」

「へ、へえー」


 彼は、慣れた手つきで装置を作動させると、リビングの中央へ向けて照準を合わせた。


「ふむ、十六歳くらいの若い女性ですね。さすが現世依存指数も高い」

「現世依存指数?」


なんだそれは? 聞いたことがない。


「この世に残ろうとする力の強さの度合い、大体は恨みの強さです。この世への未練が大きい、若い……特に女性ほどこの値が大きくなります。これだけ強いとは……骨が折れますよ」


この世への未練……。彼女の未練はなんなのだろうか。

 視線でユウちゃんにこっちに来るよう訴える。ユウちゃんはすぐにふわふわとこちらにやってきた。


「これは、何をしているんですか?」

「……除霊だそうだ」

「えっ!?」



「それでは、これから除霊を始めます」


除霊師がゴツゴツした銃のようなものを取り出した。


「……除霊師さん、ひとつ聞いてもいいですか?」

「はい、何でしょうか?」


これだけは聞いておかなきゃならない。


「ユウちゃ……その幽霊はちゃんと成仏できるんですよね?」

「いいえ」


____ッ!! やはりか……


「霊の未練を取り除く成仏と違い、除霊とは、霊を強制的に消滅させることを指します」

「……」


俺は、除霊師に聞こえないように小声でユウちゃんに耳打ちをする。


「逃げろ! 外、出れるだろ?」

「は、はい!」


強制除霊……そんなことはさせない!


「そこかッ!!」


  バァァァン!


 除霊師の装置から放たれたのであろう、目には見えない弾丸のようなものが、今まさに逃げようとしていたユウちゃんの体を貫いた。

 撃たれた少女は力なくその場に崩れ落ち、苦しそうにもがく。


「う……くっ……」

「最先端の対霊体用科学銃です。これに屈しない霊などいません」

「おい、大丈夫か!!」


咄嗟にユウちゃんに駆け寄る。彼女は未だ苦痛に顔を歪ませている。


「あなた……もしかして霊が見えるのですか? いやあ、羨ましいですね」


俺は、ユウちゃんを苦しめた犯人をキッと睨みつけた。


「あ、もしかして、霊に感情移入されてます? そうかそうか、それは可哀想なことをしました」


その言葉とは裏腹に、除霊師本人は楽しそうにニヤニヤと笑う。


「お前ぇ!!」


俺が除霊師の胸ぐらを掴みあげたが、彼は怯む様子もなく、不思議そうにユウちゃんを見つめながら言った。


「おかしいですね。まだ消滅しないなんて……一発では足りませんでしたか」


除霊師が、未だ動けないユウちゃんへと銃を向けた。


「なっ!?」


俺の静止も虚しく、再びあの銃撃がユウちゃんを襲った。


「か……はッ……」


だが、それでも彼女が消えることはなかった。


「ふむ、これはどういうことでしょうか?」


 男性は、行かせまいと止める俺を軽く振り払うと、うずくまるユウちゃんを覗き込んだ。そして……言った。




「あなた……生きていますね?」

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