第二話
部屋入口で待つようにと指示が出されたので、廊下で立ち止まる。
「全員、注目。芹澤司令より話がある」
二佐が重々しく口を開く。
「おはよう、諸君。すでに諸君らの耳にも入ってきていることとは思うが、本日付で第11飛行隊に新しいパイロット候補が配属されてきた。知っての通り女性パイロットだ」
パイロット達の意識がこちらに向けられたのが、壁越しにも感じられた。
「今まで、地上クルーで女性隊員が在籍していたことはあるが、ライダー候補としては初めてのことである。お互いに戸惑うこともあるだろうが、女性だからといって軽く扱うことは許されない。彼女も諸君らと同様に、厳しい訓練をくぐり抜け、第一線で飛んできた航空自衛隊のパイロットだ。ウィングマークも階級も、単なるお飾りではないことを肝に銘じておくように」
司令は、全員が自分の言葉をしっかりと心に刻むのを待っているようだった。そしてしばらくして、外で待っていた私の方に顔を向けた。
「では
―― ここでビビらないのよ、ひなた。部屋にいるのは同じ人間で、宇宙人じゃないんだから!! ――
深呼吸を一つすると、覚悟を決めて部屋に入る。そこにはフライトスーツを着たパイロット達が、思い思いの場所に座っていた。全員が第11飛行隊のパイロット、ドルフィンライダーだ。
「紹介しよう。曽根崎ひなた一等空尉。タックネームはデイジー。前任地は小松基地の306飛行隊。君達と同じイーグルドライバーだ。曽根崎一尉、挨拶を」
羽原二佐にそう紹介され、敬礼をする。
「小松基地第306飛行隊よりこちらに配属されました、曽根崎ひなた一等空尉です。よろしくお願いいたします」
私が続けてあれこれ言うのではないかと思っていたのか、司令と二佐はそれで終わりか?という顔をした。
「それだけでいいのか?」
「はい。ながながと話すのは得意ではありませんので」
というのは嘘だ。
「では、簡単に全員の紹介をしておこう」
そう言って二佐は全員の紹介を始めた。それぞれが名前を呼ばれると、軽く敬礼をしてくる。全員の紹介を終えたところで、その中の一人が手をあげた。
「どうした、
「これから、一年間の訓練待機があるのはわかっていますが、隊長は、曽根崎一尉を何番機ライダーの予定にと、お考えなのでしょうか」
「一年先のことを今から気にしてどうする」
そう言われて、三番機で訓練中の富永一尉は肩をすくめて笑ってみせる。
「それはそうなのですが、一年後にはこの中の誰かが曽根崎一尉を指導する立場になるわけですので、参考までに聞いておきたいと思いまして。それなりに心づもりもありますから」
「どんな心づもりだよ。その前に、自分が正規の三番機ライダーになれるかどうかの心配だろ?」
即座に突っ込みをいれたのは、二番機で訓練中だという
「では参考までに答えておこう。一尉が所有する資格から考えれば、三番機か六番機が妥当だと俺は考えている。どちらにするかは、以後の訓練次第といったところだな。つまり、お前か
「はい、了解しました、隊長」
「空飛ぶママとデュアルソロかあ……」
そんな声がしたとたんに、二佐の顔つきが変わる。
「おい、
二佐は厳しい顔つきで、五番機ライダーとして訓練中の小山田三佐をにらんだ。
「いえ、自分はそういう意味で言ったわけでは……」
「ではどういう意味だ」
「えー……あー……ですからー……」
言葉につまってしまった小山田三佐に、助け舟を出すことにした。
「私としては、二機でデュアルソロをする六番機には大変興味があります。空飛ぶパパと、デュアルソロをさせていただけるように頑張りたいと思いますので、その時はよろしくお願いします」
ここに来る前に、全員の簡単な経歴を調べておいてよかった。三佐には三人のお子さんがいて、いかつい顔に似合わず、子煩悩で有名だった。私が空飛ぶママなら、三佐は空飛ぶパパだ。たぶん三佐も悪意からではなく、そんな考えから、私のことを空飛ぶママと言ったのだと思う。
「まだ決まったわけじゃないけど、その時はよろしく頼む」
三佐がホッとした様子で笑みを浮かべた。これでおあいこですよね?と隊長の顔をうかがうと、隊長は軽く溜め息をつきながらうなづいた。
「あれ? ちょっと待って。ってことは俺はふられたってこと?」
富永一尉が、なんだよ~と声をあげた。
「あくまでも参考までにと言っただろう。何番機になるかはまだ未定だ。条件は他のライダー候補と同じ。展示デビューを果たすことなく、原隊に戻る可能性もあることを忘れるな。では解散。午後からのサードフライトには全機であがる。曽根崎一尉、着隊初日だ、サードフライトでは俺の後ろ乗って、我々がどんな飛行をするか、その目と体でしっかりと見極めろ」
そこで解散するはずなのに、なぜか全員がブツブツと言い出した。
「てか、隊長が一番セクハラくさいこと言ってるじゃないですか、小山田三佐のこと言えないんじゃ?」
「ですよね、今の絶対にセクハラに聞こえました、ってかセクハラです」
「司令、今のどうなんですか? 問題では?」
「空飛ぶママよりセクハラっぽいです、抗議します」
「司令、隊長に厳重注意しなくてよいのですか?」
口々にあれこれ言い出したものだから、司令と二佐は面食らった様子でその場に立ち尽くす。
「馬鹿者! お前達、どんな脳内フィルターをかけて、俺の話を聞いているんだ!」
我に返った二佐が顔をしかめて全員を睨んだけれど彼等はまったく臆した様子がない。
「いや、絶対に今のセクハラくさいっすよ、ダメです、曽根崎一尉に失礼です」
「どこがだ。どこがセクハラなのか言ってみろ」
「目と体でとかどうなんですか。そんなの管制の曽根崎三佐に聞かれたら、絶対に俺達ここに戻ってこれなくなりますよ。どうするんですかそうなったら。隊長のせいです、さっきの発言は取り消して、言いなおしてください」
「曽根崎一尉……」
やんややんやと言い合いを始めてしまった男達から少し離れたところで、芹澤司令が私のことを手招きする。
「なんでしょうか」
「私は女性パイロットがやってきたことで、彼等が君に対して、あれこれ男社会独特の悪意を向けるのではないかと心配していたのだよ」
「はい。それは私も覚悟しておりました」
実際に、そういう悪意を向けられたことはこれまでに何度もあった。そしてここは、そんな戦闘機乗り達が焦がれてやまないブルーインパルスだ。だからここでは、それ以上のことを言われるだろうと覚悟していた。
「その点では
そう言いながら、隊長を囲んであれこれと抗議をしているライダー達を見つめた。その目はなんというか、心の底から呆れかえっているように見える。
「初めてのことです。落ち着かないのはお互い様ですから」
「そう言ってくれると助かる」
「少なくとも、彼等は友好的に私を迎えてくれました」
それも意外なほどに。
「考えてみれば当然のことだな。彼等は、その胸に着けているウィングマークが、単なる飾りでないことを人一倍理解しているパイロット達だ。そしてここに選抜されるために、どれ程の努力を必要とするのかも」
「はい」
「羽原は、展示飛行に関してはまったく妥協しない男で、歴代飛行隊長の中でもっとも気難しい人間だと言われている。おそらく厳しい訓練になるだろう。だが、私は君がやり遂げてくれると信じている。期待しているぞ、曽根崎一尉」
「ありがとうございます。ご期待に応えられるよう、最善以上を尽くします」
芹澤司令は私の肩をポンッと叩いてうなづいてから、まだ言い合いをしている隊長達を眺めた。
「彼等のことは放っておいて、君のことをキーパー達に紹介しよう。ライダーを支える大事な第11飛行隊のメンバー達だ」
「よろしいのですか?」
あれを放置しておいて?と、彼等の方へと視線をチラリと向ける。
「まさか私が、羽原の代わりをさせられるとは思わなかったがな。さて、行くとしよう」
芹澤司令につれられて、ブリーフィングルームを出た。
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