第三十八話 観艦式 2

「あれー、おかしいなあ、俺の気のせいかなあ、影山かげやまさんが目の前にいるぞ~~」


 引き連れてきた六番機と予備機のエンジンが、停止するのを確認してコックピットから降りると、見たことのある顔のヤツがやってきて、そんなことを言った。


「失礼なやっちゃな。俺かて、なんでか知りたいわ」

「ですよねー」


 ここしばらくは、顔を合せるたびに「なんでまだいるんですか」と言われるのが、お決まりの挨拶になっていた。言われる場所は、ブルーとして二度と訪れることがないだろうと思っていた場所ばかり。俺だって、なんでまた来ることになったのか知りたい。


「飛びたないのにまたやで。ほんまになんでやねん、や」

「でも、任期がのびて良かったじゃないですか。観艦式で飛ぶなんて、なかなかできないことですからね」


 今回の俺達の展開先は入間いるま基地。そして行うミッションは、相模湾さがみわんで開催される、海自主催の観艦式での航過飛行だ。観閲式は年に一度、一年ごとの陸海空持ち回りで開催される。タイミングによっては、海自の観艦式で飛ぶ機会のないブルーライダーもいた。


後藤田ごとうだに押しつけられる、思うてたんやけどなあ」

「残念でした、あきらめて飛んでください、師匠」


 後から降りてきた後藤田が、ニヤニヤしながら言った。


「なんでや。編隊飛行だけなんや、自分が操縦桿を握ったらええやん」

「そういうのは隊長に言ってくださいよ。自分が勝手に決めているわけではないので」


 すました顔で言い返してくる。


「よっしゃー、ほな隊長に直談判じかだんぱんするで」

「まじっすか」

「影山さんの飛びたくないは、あいかわらずのようで」

「そうなんですよ。まったく、うちの師匠には困ったもんです」


 後藤田は溜め息まじりに笑った。


「やーかましいわー」


 そう言いながら、周囲を見渡す。ハンガー前には、空自だけではなく、海自や陸自、そして海保の航空機がところ狭しと並んでいた。


「なかなかの圧巻やな。こんなふうに陸海空と海保が勢ぞろいすることなんて、なかなかないことやん? これを見たら、マニアさん達が泣いて喜びそうやで」

「見てる分には良いでしょうけど、受け入れるこっちはもう、てんてこまいですよ。そして、基地の外はそれこそカオスらしいです」


 予行を含めて一週間。さまざまな航空機の離着陸が見られるとあってか、写真を撮りにきたマニア達で、基地周辺はとんでもないことになっているらしい。違法駐車を取り締まる警察官もかなり投入されているらしく、基地の中も外も、それこそ、てんてこまい状態だ。


「そりゃ大変や」

「地元の自治会への説明も大変でした。海自からも広報が来て、一緒に説明に回ってもらいましたよ」

「そうなんか。それだけでもお疲れさんやな」

「まったくです」


 六番機を飛ばしてきた葛城かつらぎ、予備機を飛ばしてきた四番機デッシーと、それぞれの後席に乗ってきたキーパーが合流したところで、むこうからパイロットスーツを着た連中がやってきた。肩のワッペンから察するに、陸自のヘリパイのようだ。


「ブルーの駐機作業は終わりましたか?」


 俺達に敬礼をしてから、整備員に声をかける。


「ええ、完了しましたよ」

「ブルーの写真、撮らせてもらってもよろしいですか?」

「影山三佐、どうです?」


 なぜか俺に話をふってくる。


「なんで俺に聞くねん」

「五番機のライダーが、広報も兼ねているからに決まってるでしょ。広報としてはどうなんです?」

「まあ、そっちの邪魔にならん程度ならええんちゃう?」


 彼等も自衛官。そのへんの線引きはわきまえているだろうと、OKを出した。


「自分達、ブルーを間近で見るのは初めてなんです。写真、撮らせていただきます!」


 そう言いながら、彼等は嬉しそうにカメラをブルーの機体に向ける。同じ空自の人間ですら、思っている以上にブルーに遭遇する機会が少ないのだ。陸自や海自の人間からすると、こうやって直接、自分の目でブルーを見るのは、かなりレアなことだと言えるだろう。


「ところで自分ら、なにを飛ばしてるん?」


 その様子をながめながら質問をした。


「チヌークです」

「ああ、あのカエルちゃん顔の」

「あれ、本当は顔じゃなくてお尻なんですけどね。いつのまにか、カエルが定着しちゃって」


 困ったように笑う。


「でも可愛いやん? うちの息子も、あれを見るたびにカエルちゃんてゆーてるわ」

「まあ、それで人気が出るのは良いことなんでしょうけどね。……あの、ライダーさん達の写真も、撮らせていただいてもよろしいですか?」


 彼等は機体の写真を撮り終えると、俺達に遠慮がちに声をかける。


「かまへんで。なんなら、全員で撮ったらええんちゃう? そこに撮ってくれるヤツ、おるし」


 そう言いながら、俺達を出迎えてくれた整備員を指でさした。指名されたヤツは、笑いながらうなづく。


「はいはい。ご命令とあらば、撮らせていただきますよ」

「ほな、そういうことで。せっかくなんや、この場にいる全員で撮ろうか」


 俺達ブルーは、なんだかんだ言いながら写真を撮られなれている。それもあって、集合写真でも立ち位置を決めるのは早かった。葛城が陸自の彼等を中心にするようにして、それぞれの素早く立ち位置を指定する。


「おお、いい感じでおさまりそうですよ」


 カメラでこっちをのぞいていた整備員がうなづいた。それぞれの陸自君達のカメラで、全員が入っている写真を何枚かずつ撮る。その合間に、あらためて彼等を観察すると、俺達よりかなり若い隊員のようだ。


「自分ら、飛ばし始めて何年ぐらいなん?」


 彼等の中で最年長らしい、最初に俺達に声をかけてきたパイロットに質問をした。


「自分が五年で、彼等は二年目です」

「五年目と二年目で観艦式か。えらい大役を任されたもんやな」

「自分達はコーパイですので。機長はそれぞれ十年越えのベテランばかりですよ」

「ああ、なるほど。その機長さん達は今は来てへんのか?」


 俺の言葉に、いたずらっぽい笑みを浮かべる。


「本当は一緒に来たいと思っていたと思います。ですが、そこはほら、上官としてのプライドとか、メンツとか威厳とかもろもろの事情で……」

「ははーん。せやったら、せいぜい写真を見せびらかして自慢したらな」

「度がすぎると、ぶっ飛ばされそうですけどね。お時間をいただいてありがとうございます」


 撮影が終わると、全員があらためて頭を下げてきた。


「どういたしまして。明日からの予行、それから本番。お互いに恥ずかしいハプニングのないようにせなな」

「はい。では、失礼いたします」


 彼等は敬礼をすると、自分達のヘリが駐機されているところへと、駆け足で戻っていく。


「やっぱり陸自ですねえ」


 その背中を見送っていた葛城が、しみじみした口調でつぶやいた。


「どういうことや?」

「なんていうか、陸海空それぞれ、持っている雰囲気が独特なんですよ。彼等の立ち振る舞いを見ていたら、やっぱり陸自さんなんだなあって思ったんです」

「へえ、そんなもんかいな」

「はい」


 今まで、そんなことを気にして見たことがなかった。だが葛城がそう言うのだ、きっとそうなんだろう。


「さて、ほな、そろそろ退散するか。もたもたしていたら、あっという間に囲まれてまうで」


 今の陸自君達の口から、俺達と写真を撮ったことが広まれば、あちらこちらから人が集まってくるかもしれない。ここは早々に退散したほうが良いだろう。


「ですね。きっと隊長も、俺達の到着を待っていると思いますし」

「てなわけで、あとのことはよろしゅうなー」

「お任せください」


 整備員に機体を任せると、俺達は隊長に指示されていた集合場所へと向かった。



+++



「なんで会議室の入口に影坊主かげぼうずが」


 廊下を歩いていると、大きな影坊主かげぼうずが目に入った。その部屋は、俺達に割り当てられたブリーフィング用の部屋だ。


「昔の時代劇のドラマに、宿に名前の入ったかさをかけておくってのがありましたよね。それのかわりでは?」

「いや、それ、なんかちゃうやろ」

「そうですか?」


「早かったな、影山」


 会議室に入ると隊長がこっちを見た。


「遅れて申し訳ありません」

「いや。いま言ったとおり、思っていた以上に早く、ここに顔を出したと言っているんだが」

「え、そうなんですか」


 てっきり今の「早かったな影山」は「遅かったな影山」だと思っていたんだが。


「写真を撮りたがってる連中に囲まれなかったか? 俺達が到着した時なんて、あっという間に広報と地元新聞社に囲まれて、身動きがとれなかったんだよ」


 青井あおいが付け足すように言った。


「そりゃまあ、ご愁傷さまってやつで。俺らは陸自君達と写真を撮っただけで終わったで」

「もうちょっとエプロンでウロウロしてたら良かったのに。今頃、残念がってる連中もいると思うぞ」

「そんなことしたら、ここに来るんが遅れるやん」

「せっかくなんだ、俺達と同じ苦労を味わえよ」


 なにげに青井の口調が恨めし気だ。


「なんでやねん」

「後発の影山達が早く到着したので、今のうちにザックリとだが、明日からの予定を話しておく」


 隊長の言葉に、青井との言い合いを中断し、それぞれあいている場所に座った。


 今回の展示飛行は、イベントの進行具合とは別に、航行している艦船とのタイミングを合わせなければならない。それもあって、展示飛行の時間は短いものの、実に難しいミッションだ。しかも今度の相手は、緻密ちみつな計画で秒単位の艦隊運用をする海自。天候が急変する以外は、突発的なハプニングはないだろうというのが、こちらの見通しだった。


「むこう一週間の天候だが、今のところは晴天。ただし海上だ、風はそれなりに吹くだろうとの予想だ」

「護衛艦には一般の人達も乗艦しているんですよね?」


 葛城の質問に、隊長がうなづく。


「民間人を乗せているので無茶はしないだろうが、今のところは予行を含めて中止の話は出ていない」


 そして隊長はさらに言葉を続けた。


「三日後から、参加する艦艇が相模湾さがみわんで予行訓練を開始する。我々の訓練は明日からだ。海自の艦艇と予行をするまでに、自分達が飛ぶ位置を頭に叩き込んでおく必要がある。明日からの訓練に備え、今日はゆっくり休め。以上だ」

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