第5話 苛立ちの原因

 詰所から出た後、クリフは御用達の武器屋『ウォーケン』に出向いた。店内の壁や棚に武器や防具が並べられており、その奥に店長のウォーケンが居る。スキンヘッドで戦士並みにがたいのあるウォーケンに「いらっしゃい」と迎えられた。


「ウォーケンさん、点検は終わりましたか?」

「ん、クリフか。もちろんだ。待ってろ」


 ウォーケンは店の奥に引っ込むと、間もなくして両腕にクリフの装備一式を持って出てくる。クリフはそれを受け取り代金を払う。


「いつも早くて助かります。他のとこじゃニ三日は掛かりますから」

「あったりめぇだ。なんせ将来の竜狩り様の仕事だ。多少は無理してやるよ」

「ありがとうございます」


 クリフは礼儀正しく礼を言う。用を終えて帰ろうとしたが、「そういえば」とウォーケンに話を振られる。


「あの噂、本当なのか?」

「……噂って?」

「お前さんが美少女と付き合ってるって話だ。女嫌いじゃなかったか?」


 またか、とクリフは内心でうんざりする。だがこの事を想定していたので、クリフは落ち着いて考えていた答えを口にした。


「違いますよ。昨日一緒にいたのは同じ下宿先に住んでいる隣人です。あと女嫌いじゃなくて苦手なだけです」


 用意していたセリフをとちらずに言うと、ウォーケンは納得して頷く。


「だろうな。変だと思ったんだよ。仕事一筋のお前が彼女を作るなんてな」


 一人で来たことは正解だったと、クリフは改めて思った。ロロが居たら誤解を解くことは出来なかっただろう。


「当たり前です。俺は今仕事に専念したいんです」

「そうか……ところで、後ろにいるのはお前のダチだよな。知らん奴もいるが、それが噂の女か?」

「は?」


 クリフが後ろを振り向くと、そこには並べられた武器を眺める者たちがいた。それはとても見慣れた人物たち、ケイト、ルイス、そしてロロだった。彼らはクリフと目が合う声と声を掛けてきた。


「よっ。待ってるから話を続けていいぞ」

「へー、いろんな武器があるんだねー」

「まぁね。ここはちょっと値段が高いけど、その分良い武器が売ってるんだよ。仕事も早いしね」


 彼らが話している場にクリフは近づく。クリフは険しい顔で彼らを見下ろしながら問い質す。


「何故ここに来た? ついて来るなって言っただろ」

「ついて行ってないよ。適当に歩いて、偶然入った店にクリフがいたんだよ。ねぇ?」

「おう」

「そうそう」


 ルイスの答えに、ロロとケイトが賛同する。わざとらしいその受け答えに、クリフはイラっとする。


「俺の言う事を聞け、ロロ。お前がうろちょろしてたら迷惑なんだ」

「……えっと、クリフ怒ってる?」


 察したのか、ロロが恐る恐る聞き返す。


「あぁそうだ。俺はお前の事を考えて言ったんだ。だから―――」

「嫌なことでもあった?」


 食い気味にルイスが尋ねる。図星を突かれ、クリフは言葉を止めてしまう。


「なんかピリピリしてるよ。いつもならもうちょっと落ち着いてるよね」

「そうだなー。お前らしくもない」


 クリフは顔をしかめる。何も知らないでいる呑気な二人が癪に障った。


「うるせぇ。関係ないだろ」


 半ば怒声が混じった声を出し、乱暴な足取りで店を出る。強く扉を閉めて外に出ると、直後にすぐ扉が開く。


「待って」ロロがすぐにクリフの後について来た。


「どうしたのクリフ。ロロ、悪いことした? 謝るから機嫌直して」

「もういい。ルイスたちといろ」

「じゃあクリフも一緒に行こうよ。ルイスが色んなとこ案内してくれるって言ってたよ。きっと楽しいから」

「そんな気分じゃない」

「クリフ―――」

「うるせぇっつってんだろ!」


 叫びに近いほどの声量が出てしまった。そのクリフの声に驚いてロロは硬直する。ロロは恐怖が混じった顔でクリフを見ていた。


 あぁ……最低だ、俺。


 自己嫌悪したクリフは「すまん」と言い残して、その場を足早に去った。

 ロロは悪くない。なのに自分の鬱憤をロロにぶつけてしまった。ただそこにいただけのか弱い隣人に八つ当たりをしたことを、クリフは心底恥じた。これが竜狩り候補か。笑わせる。己の不甲斐なさに自嘲する。


 少し頭を冷やそうと適当にぶらつこうと思った時、クリフは自分が歩いている場所を認識した。そこは建物に挟まれた薄暗い路地裏だった。なぜこんな場所を歩いてしまったのかと考えた後、今朝の会話を思い出す。モーガンのことと、人目に付かない路地に行かないこと。


 嫌な予感がした。そしてこういう時の勘はよく当たる。クリフは早くこの場から去ろうと踵を返そうとした。


「ようクリフ」


 前方の脇道からモーガンとその取り巻きが現れた。同時に背後からも他の取り巻きが現れる。戦士と荒くれ者。どちらもガラの悪そうな連中だった。嫌な予感が的中した。


「随分とご機嫌そうだな。街中で大声出してよ」


 さっきのクリフの痴態も見ていたようなセリフだった。ご機嫌な笑みを見せられ、声に感情が入り混じる。


「お前には関係ない。用が無いならどけ」

「どうせ痴話げんかだろ。やっぱり、お前に女を扱う技術は無かったってわけだ。童貞には荷が重かったな」


 取り巻きが嘲笑う。本当に昨日の事を根に持っていたようだ。その執念を任務に向けられないのか。


「女の扱い教えて欲しいだろ。ここで土下座して請えば教えてやってもいいぜ」

「おい。いい加減にしねぇと―――」

「それとも、意地張って仲間の助言を受けないのかな。認定試験前のクリフ君」


 言葉が出なくなった。想定外のセリフに、クリフは沈黙してしまう。

 何故知ってる? 頭の中で疑問が湧き出てきた。


 認定試験の話は、つい先ほど聞かされたばかりだ。この事は内密に行われるはずで、局長のハーロックも他言はしないはずだ。それでもしばらくすればどこからか話が漏れて戦士たちに伝わるだろうが、末端の戦士に広まるのは早くても三四日は掛かると予想していた。読みが甘かったか。それとも情報管理が杜撰だったのか。もしくはそこまで重要視することじゃないから、こんなにも早く広まったのか。


 様々な原因が脳内に思い浮かぶ。だがクリフは、一旦それらを思考の外に追い出す。まずは現状から片付ける。肯定して開き直るか。それとも知らないふりをして聞き流すか。クリフが思考していると、先にモーガンが口を開く。


「聞いたぜ。お前が大事な大事な試験前だって。昇格試験とは別に受けるんだってな。何でも試験を受けるための試験だとか」


 モーガンが「はっ」と短く笑う。


「竜狩りとしての適性が怪しいから受けるんだってな。誰でも受けられる試験なのに、お前だけやるんだろ。あんなに仕事頑張ってたのに、バカみてぇだな」


 また取り巻きが笑う。侮蔑を込めた笑い声だ。


「だから何だ。お前らには関係ない話だろ。それとも俺の邪魔をしたいのか?」

「なんだ。物分かりが良いじゃねぇか」


 嬉しそうな笑みを、モーガンは浮かべた。


「そうだ、その通りだ。今までの鬱憤をお前に晴らそうってわけだよ。そしてお前は俺らに抵抗できない。だろ?」

「……何を言ってる」

「竜狩りに相応しいかどうか。それがお前にかけられてる疑念だ。喧嘩なんかしたら、お偉いさん方の疑念が確信に変わっちまうぞ」


 そこまで知っているのか。クリフは地団太を踏む思いだった。

 モーガンたち相手に喧嘩をすれば、市中で暴れる者は竜狩りに適さないと判断され、認定試験を受ける前に失格となる。モーガンたちに反抗せずにただ暴力を受ければ試験は受けられるが、それ以前に十全の状態で挑めるかが不安となる。奴等の暴力で怪我をする恐れもあるからだ。抵抗するにせよしないにせよ、クリフに待っているのは絶望だった。


「ま、諦めてやられろや。これも普段の行いが悪かったってことだ」


 モーガンと取り巻きたちが近づいて来る。それぞれが棒を持っており、躊躇う気は無さそうだった。攻撃すれば試験を受けられない。だからクリフは怪我をしないという一縷の望みに賭けるしかった。


「面白そうなことやってんじゃねぇか」


 背後から女の低い声が聞こえた。モーガンの怪訝な顔を見て、クリフは釣られて振り向く。モーガンの取り巻きの奥に、見覚えのある二人がいた。


「うわー、本当に報復しに来たんだ。陰険野郎はモテないぞ」


 悪い笑みのケイトと、困り顔のルイスだった。

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