第4話 認定試験
「そういえばクリフに聞きたいんだけど」
朝食をとっていたクリフは、ルイスに話しかけられた。ケイトやロロよりも遅く起きて食堂に来たルイスは、挨拶をした後にその言葉を口にした。クリフはすでに食事を終え、食後の熱いお茶を飲んでいた。
「なんだ? 金は貸さないぞ」
「それは後でお願いするよ。そうじゃなくて……」
ルイスは食卓につき、クリフの前に座る。ルイスの表情から不穏な雰囲気を感じ取れた。
「誰かと喧嘩でもした?」
「喧嘩? してないが」
「そうなの?」とルイスが首を傾げる。
「昨日詰所に行ったらさ、モーガンが大声で喚いてたんだよ。『クリフの野郎、ぶっ飛ばす』って」
モーガンの名前を聞いてクリフは思い出す。詰所の前で喧嘩を売られた相手だ。あの程度の事をまだ根に持っていたのかと、クリフは呆れた。
「ちょっと言い合いをしただけでか……」
「やっぱり。そのときなんか言ったんでしょ。クリフは思ったことをすぐに言うから」
納得した様子のルイスは料理を口に運ぶ。行儀良く食べる様は、育ちの良さを伺えた。
ルイスは元々、とある富豪一家の三男坊だ。食事の作法は当然のごとく躾けられている。一方のケイトとロロは、汚いとは言わないまでも、ルイスに比べると粗が目立った。
「それアタイも見たけどよ、なんか尋常じゃなかったよなー。マジギレしてた感じ」
「そうそう。だから気をつけた方が良いよ」
「気をつけろて言ってもよ……向こうから突っかかって来るんだから気をつけようがねぇ」
「会わないようにすればいいじゃん。それだけで面倒事が避けれるよ」
「家に引きこもってろってか?」
「引き籠りクリフを見てみたいってのはあるな」
「難しいことじゃないよ。人目に付かないところには行くなってこと。そうすりゃあいつらも目立つことはしてこないしさ」
ルイスの発言は正しい。いくらモーガンが問題のある戦士でも、人目のある場所で喧嘩するような馬鹿ではない。やるとすれば、ルイスが言ったようなタイミングだろう。
しかし、
「めんどくせぇな……」
自分より弱い相手にこそこそと逃げ回るのは好みじゃない。仮にモーガンが手下を引き連れてきたとしても勝つ自信がクリフにはあった。
「ダメだよ、ちゃんと自衛しなきゃ。下手に喧嘩して一番被害が出るのはクリフなんだから」
「俺があいつらに負けるかよ。舐めてんのか」
「違うよ。この時期に喧嘩したらまずいってこと」
「時期?」
「もうすぐ昇格試験だろ。竜狩りの」
ケイトの言葉に、クリフは言葉を詰まらせた。
【竜狩り昇格試験】、それはクリフが待ち望んでいたものだ。竜狩りになるには、この試験に合格する以外に道はない。その試験が開始されるのは、もう一ヶ月も無かった。
「実力はもちろんだけど、素行や人格も問われるって話だよ。試験前という大事なタイミングで喧嘩なんてする人が、竜狩りに相応しい人物だって思われないでしょ?」
「それは……」
ルイスの正論に、クリフは反論できない。
「今更性格を変えろってのは無理だけどさ、努力はすべきだよ。少なくともあと一ヶ月、面倒事は起こさないようにしないと」
「だな。お前は攻めろ攻めろーって感じの猪だけど、今は休んだ方が良いかもなー」
二人の言葉にクリフは耳を傾ける。彼らの指摘はもっともだった。立ちはだかる壁を壊して進むのがクリフだが、今回その行動を取ることは危険かもしれない。無理に進むより、壁が無くなるのを待つことが最適のように思える。
そして何より、彼らの想いを無碍にするのも気が引けた。
「二人ともクリフの心配してるんだね」
黙って食事をしていたロロが言う。それに対して二人は答える。
「当然だ。竜狩りになったら一緒のチームになれるもしれないからな。そしたらアタイも竜と戦える」
「うんうん。そしたら僕は働かずに給金がもらえるからね。応援するのは当然だよ」
「結局それか」
ケイトはモンスターと戦うために、ルイスは身の安全のためにという二人らしい理由に、思わずクリフの口端が上がった。変わりない姿に、クリフは安心した。
「ま、忠告は受けとくよ。気をつける」
クリフは茶を飲み干して席を立った。
「どこか行くのか?」
「あぁ、武器屋に行ってくる。点検で預けてた装備を取りにな」
「ロロも行くー」
「ダメだ」
ロロの同行を、クリフは悩むことなく却下する。昨日と今日で噂された手前、迂闊にロロと一緒に街を出歩くわけにはいかない。
しかしロロは納得していないようで、頬を膨らませて不満気な様子だった。
「別に良いんじゃないの? 連れてくくらい」
何も知らないケイトがロロの援護する。
「ダメだ。俺には俺の都合がある。今日は留守番してろ」
「えー」
「じゃあな」
ロロが食事を続けているの隙に、クリフはたそがれ荘から脱出する。その直前だった。
「そういえば忘れてたことがも一つあったんだ」
扉を開けたところで、ルイスがクリフを呼び止める。クリフは素早く「なんだ?」と聞き返す。
「戦士団からの伝言。今日の朝九時に詰所に来てくれだって。すっかり忘れてたよ」
クリフは空を見上げた。太陽は水平線よりも遥か高い位置まで上っている。クリフの覚え間違いでなければ、九時をとうに過ぎているときと同じくらいの位置だった。
「さっさと言えよ! この阿呆!」
そう言い残して、クリフは走り出した。
「久しぶりだね。会ったのは入団時以来かな」
戦士団詰所の談話室で、局長のハーロックはそう言った。談話室には一対のソファと、間に挟まれた高そうなテーブルがある。奥のソファに座っているハーロックは、簡単に割れそうなカップに入った紅茶を飲んでいる。
毛先が癖で丸まった長い茶髪、彫の深い顔に長い手足、やや細身の見た目は、地位の高い人間と言えばまずこの人が思い浮かぶ。ゆっくりで気品を感じられる佇まいが、その印象を増長させた。
「そうですね。平戦士である私が局長のお目にかかることなんてありませんから」
「直接会うことは無くても、僕は君のいろんな事を知ってるよ。とりあえず、座りなさい」
ハーロックに促され、クリフは向かいのソファに座る。慣れないソファと目の前にハーロックが座っていることがあって、落ち着けなかった。
詰所に着いた直後、受付の職員に問い合わせるとハーロックが待っていることを聞かされて肝が冷えた。平戦士であるクリフが局長に呼び出されることは今までない。他の戦士も早々呼び出されることは無いだろう。あるとすれば竜狩りくらいだ。にもかかわらずに呼び出されたことに、クリフは不安を感じていた。
ロロの事。それが呼び出された理由なのかと疑心を抱いた。もうばれたのか。
「いろいろ、ですか」
「あぁ、いろいろだ。君も飲みなさい」
クリフの前にも紅茶が置かれていた。走って来て喉が渇いているはずなのに、飲む気になれなかった。空気に耐えられず、クリフは尋ねた。
「今日はどういったご用件ですか?」
ハーロックは紅茶を口に運ぶと、カップをテーブルに置く。
「竜狩り昇格試験の事だよ」
大きな不安が取り除かれた。クリフはばれないように息を吐く。
「君の活躍は聞いてるよ。戦士になってまだ半年しか経ってないのに、他の戦士よりも倍以上の成果を残していると。その働きぶりは僕も見習いたいほどだ」
「そんなことはありません。職員や先輩方の支え合っての事です」
「謙遜することは無い。同行した戦士たちの中には君を褒め称える者も多い。誇りを持ちなさい」
「ありがとうございます」
クリフは手を強く握る。これは良い話に繋がりそうな流れと直感した。
「近々行われる試験では、きっと合格するのではないかという期待の声があってね。もし合格できれば、前回のレイ君に続いて、また竜狩り昇格の最短記録を更新することができる。それがこの街の戦士だと知って、僕の心も歳がいなくはしゃいでいるのさ」
「そうでしたか……」
「しかし、これに異を唱える者がいた。わずか半年足らずの戦士を竜狩りにするのは如何なものか、とね」
ハーロックの声色は変わらない。同じ調子で話し続ける。
「僕としては力があるのならば問題無いと考えるのだが、上層部には不安を抱く者が多い。将来有望な戦士が生き急ぐあまり命を落としてしまわないか、とね。彼らのなかには試験を見送らせるべきだという意見もある」
「見送る?」
つい、声に怒気を孕ませてしまう。
「黒竜はいつどこに現れるか分かりません。そんな生物を相手にしているのに、竜狩りになれる戦士を放っておくのはどうなんですか?」
「クリフ君の言うことはもっともだ。同じことを僕も言ったよ。すると彼らはある提案をした」
「なんですか?」
「昇格試験の前に、それとは別の試験を受けさせることだ」
ハーロックは懐から手紙を取り出す。それを広げてテーブルに置くと、クリフが読みやすいように回転させる。手紙にはその試験の内容が書かれてあったが、クリフが読み終わる前にハーロックが概要を口頭で説明した。
「昇格試験を受けるのに相応しい戦士か、それを見極めるための試験、認定試験というやつさ。現役の竜狩りと行動を共にすることで君の適性を図り、それにパスすれば堂々と昇格試験を受けられる、というわけだ」
「つまり、本番前の前哨戦みたいなものですか」
「言い方は物騒だけど、イメージは合ってる」
クリフは視線をカップに落とす。なんでこんな面倒臭いことをしなきゃいけないんだ。他の戦士よりも勤勉に働き、力をつけ、多くの成果を上げてきた。その仕打ちがこれか。
憤りを落ち着かせるために、クリフはカップを取って紅茶を飲む。喉が渇いていたこともあり、紅茶を一気に飲み干していた。それでもまだ身体の熱は引かない。
「レイの時は、こんなことあったんですか?」
「今回が初めてさ。竜狩りになるには力だけでなく実績も見られる。力はあっても、君ほどの働き者はいなかったからね」
「その働き者に対する仕打ちが、これなんですね」
「君が怒るのも無理はない。僕も同じ気持ちだ。努力を重ねてきた若者が、些細な思惑で邪魔されるなんてね。しかし、これは組織で成り上がろうとしたら必ず起こることなんだよ」
クリフは顔を上げる。ハーロックが真剣な目でクリフの顔を見つめていた。
「今回に限らず、君を邪魔する者は出てくるだろう。だけど君なら困難を乗り越えられると僕は思うんだけど、違うかい?」
「止まるつもりはありません。試験が必要ならばそれは受けます。ただショックなだけです」
「分かってるよ。弱者を助けたい。高尚な願いを持つ君ならば、きっとそう言うと思ったよ」
入団時、戦士になった動機を尋ねられたことを思い出す。あのときの言葉を、ハーロックは覚えていたのか。
「そんな君を応援したい。だから認定試験は内密に、そして同行する竜狩りには君の境遇を教えておこう。同じ志を持つ者同士、きっと良くしてくれるはずさ」
「ご助力感謝いたします」
クリフはハーロックに頭を下げる。ハーロックは「気にしなくていい」と答える。
「僕ができるのはこれくらいだからね。後は君次第だ」
「はい」
「認定試験の日程は後で連絡しよう。話は以上だ」
クリフは立ち上がって談話室の扉に向かう。
「君の健闘を祈ってるよ」
退室時、ハーロックがそう言った。クリフは顔を見られないように素早く礼をする。
きっと今、自分の顔はとても見せられたものではなかったから。
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