第2話 たそがれ荘の住人

 夕刻、ロロは鼻歌を歌いながら歩いていた。大きく手を振ったり、回ったりしてはしゃいでいる。その姿はとても目立ち、周囲からの注目を受けていた。美味しい食事を堪能できたことと、首にぶら下げた首飾りが理由だった。


「そんなにはしゃぐな。通行の迷惑だ」

「だってー……嬉しいんだもん」


 ロロは上機嫌にクリフの前を進む。しつこく止めるのを面倒に思い、そのままにすることにした。

 食事をした後、アーデミーロの様々な観光地を訪れた。訪れたことがある場所なのに、どこに行っても楽しそうな声を上げて楽しむロロを見て、クリフも一緒に楽しくなった。その勢いがあって、露店でせがまれた首飾りを買ってしまった。

 綺麗な黒色の丸い石が付いた紐の首飾り。高くなかったことと約束したこともあって、買うことにあまり悩まなかった。しかし今になって、買ったことを後悔し始めていた。女性にアクセサリーを贈るなんて、まるで恋人同士のやり取りだ。ロロはそんな風に捉えて無さそうだが、他者からはどう目に映るか……。クリフは頭を掻いた。


「ねぇねぇクリフ。似合う?」


 ロロは首飾りを見せながらクリフに尋ねる。買う直前、買った直後、そして帰路についている今である三度目の問いに、クリフは息を吐いた。


「あぁ、似合ってる似合ってる」


 ぶっきらぼうな態度で応えるクリフに、ロロはにやけながら返す。


「てきとうだなー。そんなんじゃモテないよ」

「女にモテたくて戦士をしてないからな。これくらいでいいんだよ」

「今はロロをエスコートしてるんでしょ? だったらそれっぽいことを言わなきゃ」


 痛い所を突かれてクリフは口を閉ざす。こんな風に、ロロは時折鋭い指摘をしてくる。勘が鋭いのか、それとも実は頭が良いのか、油断できない長所だった。


「ま、クリフには早いかなー」


 上から目線の言葉を残して、ロロはまた歩き出す。前を歩くロロについて行くように、クリフもまた進みだした。


 しばらく歩くと、クリフたちはたそがれ荘に着いた。敷地内に入ると、ロロが「ただいまー!」と叫ぶ。たそがれ荘に入ると、マリーが厨房から出てきていた。マリーは小走りで駆け寄って来て、豊満な身体でロロを抱きしめた。


「おかえりロロちゃん。怪我無かった? ちゃんとフェーデルに行けたの?」

「うん。途中でクリフに会ったからちゃんと行けたよ」

「それは良かったわ。もうすぐご飯ができるから、ちょっと待っててね」

「おいマリー。俺には何かないのか」


 マリーはロロを解放して、厨房に戻ろうとしていた。そのタイミングでクリフは声を掛けた。


「あ、居たのねクリフ。あんたも無事だったのね。良かった良かった」

「いい加減すぎるだろ。もっと労えよ」

「あんたはそうそう死にやしないでしょ。心配するだけ損ってものよ」

「こんのばばぁ……」

「まったく口が悪いわねぇ」


 マリーは呆れた顔をして、改めてクリフに身体を向けた。


「お帰りクリフ」

「……ただいま」


 何とも言えない感覚がクリフの身を包む。毎度聞く言葉だが、それはクリフの身体をじんわりと温める。いつまで経っても慣れないが、妙に嬉しくなる感覚だった。


「まったくめんどくさい子だねぇ。あんたも適当に座って待ってなさい」

「はいよ」

「あ、そのまえに」


 クリフはテーブルに座ろうとしたところでマリーに止められる。マリーは天井を指差した。


「あの二人を呼んで来なさい」

「……戻って来てたのか」

「あんたらが来る前に、二人揃ってね」


 クリフは頭を掻いてから店の奥に向かう。料理屋の奥には二階の宿に繋がる階段がある。クリフはそこを上って行こうとした。

 だがその前に、二階から足音が聞こえてきた。どたどたと慌ただしい音は階段の方に向かっていく。間もなくして、階段から二人の姿が見えた。


「帰ってきたか! クリフ!」

「あっ、クリフだ!」


 金髪ショートカットでつり目少女ケイトと、長い銀髪でたれ目の少年ルイスが、クリフの下に駆け寄ってくる。クリフは手を上げて「よっ。ただいま」と挨拶した。二人がクリフの前で止まると思っていたが、彼らはクリフの服を掴んで詰め寄った。


「クーリーフー! お前女つくる気ないって言ってだろ!」

「ちょっとどういうこと?! 聞いたよ! 彼女ってなに!」

「裏切りか?! 裏切りだ! この反逆者が!」

「彼女はどんな子だ? 見せな! 紹介しな!」


 二人がクリフの身体を激しく揺すりながら問い詰める。クリフは意味が分からず、やられるがままになっていた。いったいどういうことだ? 彼女? なんだそりゃ。


「おい、落ち着けお前ら。何の話だ?」

「あーあ、とぼけちゃって。これが彼女持ちの余裕かぁ? 良いなー。僕も彼女欲しいなー」


 ルイスが嫌味たっぷりの声と顔で言う。若干クリフはイラっとして、ルイスの頭を強く掴んだ。


「ど、う、い、う、こ、と、だ。説明しろ」

「痛い痛い痛い! 放してよクリフぅ!」

「詰所で聞いたんだよ。クリフが女連れてたって」


 ルイスの代わりにケイトが説明を始めた。


「詰所に戻ったら戦士たちが噂しててな。女嫌いなクリフに女ができて、しかも美少女だって。色んな奴が見たって言ってたから、ルイスがそれを信じたって話だ。そんだけ」

「女が出来たぁ? そんな相手、俺にいるわけ―――」


 言い切ろうとしたところで、クリフは今日の事を思い出した。詰所前でのいざこざに、ロロと一緒に街を歩き回ったこと。これらはロロが恋人だと思わせるには十分な理由だ。

 クリフの心境を察したのか、ケイトは怪訝な顔をした。


「あれ、もしかしてマジ? ホントに彼女できたの?」

「待て違う。そうじゃない。できてない。勘違いだ」

「本当だな? 嘘じゃないな? もし騙してたら呪うぞ。先祖代々インポになる呪いをかけてやる……」


 頭を握られ涙目になりながらもルイスが問い質す。クリフは冷静に「先祖呪ってどうすんだよ……」と突っ込んだ。


「前に言ったが俺は恋人をつくる気はねぇ。強くなるためにはそんなことしてる暇は無いんだよ」

「だよなー。戦士バカのクリフに彼女なんてできるわけないよなー」

「まったく不安にさせて……お詫びにご飯奢って」

「調子に乗るな」


 ルイスの頭を放して、クリフは席に戻ろうとする。


「もうすぐ飯だ。待ってようぜ」

「あいよ」

「ご飯かー。マリーさんのご飯は久しぶりだなー」


 二人がクリフが陣取っていたテーブル席に向かう。そのとき、ロロが二人と顔をあわせた。


「初めましてー。ロロでーす」


 ロロはいつも通りの調子で挨拶をした。特に変な事を言っていないのにも関わらず、二人はロロの姿を見て固まった。人見知りするタイプだったかという疑問を抱きながら、クリフはロロを紹介した。


「こいつは先日からうちで暮らすことになったロロだ。ドがつくほどの田舎から来た奴で―――」

「この野郎!」


 突如、ルイスがクリフの顔を殴りつけた。突然の事で反応できなかったクリフは、それをもろに受けた。たいして威力は無かったものの、意外な展開にクリフは混乱した。


「おい待て、何のつもりだルイス。事と次第によっちゃあ―――」

「十秒で裏切りやがったなこの野郎! なにが女を作らないだ! こーーーーーーんな可愛い女の子を捕まえやがって!」

「へー、まるで人形みたいにかわいいな」

「呪ってやる……子孫百代にわたって子が出来無い呪いをかけてやる……」

「子供出来てんじゃねぇか……ともかく俺の話を聞け」


 クリフが改めて説明しようとしたが、その前にロロが喋り出す。


「えっとね、ロロはクリフに助けられてここに来たの。だから彼女じゃないよ」

「そうだ。俺らと同じここの住人で―――」

「どちらかといえば従者とご主人様な関係かな」

「ふんっ!」


 ルイスが再びクリフの顔面を殴った。


「てめぇ! 二度目は許さんぞ!」

「うっさい! どんなプレイしてんだこの変態! 普段の女嫌いアピールは嘘だったんだな! 許さん! 許さんぞぉ!」

「クリフ……あんたこの子に何をした? 今のうちに白状しな」

「だから何にもしてねぇ!」


 ロロの発言で、場が再び騒がしくなった。我慢し切れず、クリフは大声で場を制しようとした。

 だがクリフよりも、この騒々しさに苛立った者がいた。


「あんたたち! いい加減にしなさい!」


 厨房から出てきたマリーが、大声でクリフたちを叱る。彼女の迫力に気圧され、場が静まった。


「久々に集まったんだから仲良くしなさい! ほら、さっさと座りなさい!」

「……はい」


 クリフたちは静かに返事して席に座る。その際、ロロがボソッと呟いた。


「お母さんみたいな人だね」


 ロロの発言を否定する者はいなかった。

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