第23話 竜と戦士

 轟音は、黒竜から聞こえた。大型の空気弾を準備していた黒竜がそれを放ち、その際を音だとクリフは思っていた。


 だが、黒竜の身体から発生した煙により、それが違ったということを確信した。


『がぁあああああ!』


 黒竜が悲鳴を上げる。さっきまでは余裕な表情で空に浮いていたのに、今では身体を傾かせてふらついている。その隙を突くかのように再び轟音が鳴り、黒竜の身体からまた煙が上がった。先程の攻撃は見逃したが、次ははっきりとクリフは目に捉えた。


 黒竜は大砲の攻撃を受けていた。

 屋上の戦士たちは逃げたと、クリフは思っていた。黒竜が浮遊した時に、どこからも攻撃が無かったのが証拠だ。隙だらけの黒竜を攻撃しない様を見て、戦士たちは逃げたのだと、クリフは確信していた。


 だが今は、屋上から大砲が撃たれていた。空に浮く黒竜に向かって、何度も何度も砲弾が飛ぶ。この連射速度は一人の手によるものではない。何人もの戦士が協力して撃っているのだ。


 クリフは大砲を撃っている場所を見た。二門の大砲が屋上に並び、その近くで戦士たちがせわしなく動いて、発射の準備をしている。大砲は黒竜に照準を合わせ、一門ずつ砲撃をする。しかも、そこだけではない。他の屋上にも戦士の姿が見え始め、大砲を用意している。そして用意ができたところから、黒竜に向かって大砲を撃ち始める。

 何故今更、戦士たちは再び参戦したのか。クリフの頭に疑問が湧いた。だがその疑問は、間もなくして解かれた。


「いけー! じゃんじゃん撃っちゃえ!」


 最初に大砲を撃った場所に、ロロの姿があった。戦士たちを鼓舞して動かす様は、まるで指揮官のようだった。そのことに戦士たちは疑問を抱くことなく、てきぱきと動いて砲撃を続ける。


 なるほど、これがロロのやりたかったことか。

 ロロの力で倒すのではなく、戦士たちで、街の皆で黒竜を倒すこと。それがロロの腹案だったのだ。彼らに協力してもらうために、ロロは戦士たちに働きかけたのだろう。たしかにこれならロロの正体がばれずに済む。しかも街を助けたという実績が生まれる方法だ。


 クリフは自嘲した。ロロが何をするかと思って協力したら、やったことはとても単純で簡単なことだった。落ち着いて考えれば、あのロロが複雑な作戦を考えられるわけがないのに、クリフはそれを期待していたのだ。まだ俺は、ロロの事を分かっていない。

 だが、これで良い。簡単で単純で、分かりやすいのがクリフの好みだった。


 黒竜は砲弾を避けようと、空中を飛び回る。今では砲弾が絶え間なく空を飛び交っていた。その隙間を縫うように黒竜は飛び続ける。その飛行能力は目を見張るものだった。

 しかし、それはいつまでも続かなかった。黒竜が砲弾を避けて高度を下げたところに、一発の砲弾が当たった。砲弾の爆発により黒竜は体勢を崩す。その直後に身体が地面に着き、黒竜はそのまま地面に落ちる。


「おかえり黒竜。もう逃がさねぇぞ」


 地面に落ちた黒竜を見て、クリフはすぐさま動き出した。滾る気持ちを抑えきれずに、力強く大剣を握り、全速力で黒竜に向かう。今度は逃がさない。地上でけりをつけてやる。

 クリフを見た黒竜は、すぐに体勢を整えると空気弾を放った。発射までの時間が短い。牽制程度の威力だと判断したクリフは、避けることなく突っ込んだ。

 風の流れを読み、空気を切り裂く音を聞き、空気弾の位置を探る。そして空気弾が目の前に着た瞬間に、クリフは大剣でそれを斬り裂いた。手応えあり。クリフは大剣を握り直す。


『―――小癪なのよっ!』


 黒竜は何度もクリフに向かって空気弾を放つ。小さい空気弾だが、当たればクリフの体勢を崩すのには十分な威力がある。

 だが要領を掴んだクリフには、それは無意味なものだった。目に見えない空気弾を何回も切り払いながら、クリフは走り続ける。その速度は落ちることなく、徐々に黒竜との距離を詰めていく。黒竜との距離は、もう十メートルほどしかなかった。


『だったら……』


 すると黒竜は大きく息を吸って巨大な空気弾を作り、それを真下に発射した。今までで一番強い突風が発生し、屋上にも風が届く。黒竜はその空気弾で風を起こし、同時に自分の身体を浮かせていた。宙に浮いた黒竜は、すぐに翼を羽ばたかせて地上から離れる。屋上の高さまで上昇するのに、十秒もかからなかった。


 人間が届かない程の高さまで飛んだことで、黒竜は安堵しているようだった。どんなに腕が立っても、人は空を飛べない。空に逃げられたら、翼を持たないクリフは何もできない。そう考えているのだろう。

 しかしクリフは、同じ手を喰らっていなかった。


「逃がさねぇって言っただろ」


 黒竜が飛ぶ寸前、クリフはロープ付きのナイフを投擲し、それが黒竜に刺さっていた。吹き飛ばされないようにロープを手繰り寄せ、クリフは黒竜の身体にしがみついていたのだ。クリフは再び、黒竜の背中に乗っていた。


『っ―――』


 黒竜がクリフに気付く。それと同時に、クリフは全力で大剣を振り下ろしていた。狙いは翼。この部分が一番脆いと、クリフはふんでいた。そして思い通り、振り下ろした瞬間に今までで一番の手応えを感じた。


『がぁあ!』


 黒竜は空中でバランスを崩す。クリフは踏ん張り直し、もう一度大剣を振り下ろす。さっきよりも深く刃が入り、翼の傷が大きくなる。傷の大きさに反比例し、翼の動きが鈍くなった。案の定、黒竜は高度を下げていった。


『くそっ!』


 悪態をつきながら、黒竜は身体を揺する。落とそうとしている意図を察し、クリフは黒竜にしがみつく。だが屋上の戦士たちの動きを察して、クリフは黒竜から飛び降りた。幸いにも、下りられるほどの高度にまで低くなっていた。

 クリフが地に下りた直後、砲撃音が聞こえた。先ほどクリフが見た屋上から砲撃が始まっていた。彼らが撃った砲弾は、黒竜の身体に命中する。それがダメ押しとなったのか、黒竜は地面に落ちていた。

 地に伏した黒竜はすぐに身体を起こす。しかし身体に刻まれた傷が、受けたダメージの大きさを物語っている。あと一押しだ。


「覚悟しろ、黒竜」


 クリフは大剣を構え、黒竜へと進む。阻むものは無く、まもなくして黒竜の下へと到着する。


『誰が……やられるものか』


 黒竜は空気弾ではなく、己の身体でクリフを攻撃する。空気弾はクリフには効かない。だからその選択は間違いではない。だが近づければ、クリフがこの黒竜に負けることはなかった。

 黒竜はすべての身体を使ってクリフに攻撃する。足、尻尾、頭、翼、全部位を動かしてクリフに身体を当てようとした。


 圧倒的な体格差がある以上、どの攻撃でもクリフに致命傷を与えられる。クリフはそれを知っている。だからクリフは当たらない。竜の危険性は散々学んできたのだ。そのために鍛錬を続けてきたのだ。そんな攻撃をクリフはとうの昔に想定しており、回避するための準備をしていた。


「こっちは黒竜を倒すために鍛えてきたんだ」


 クリフは黒竜の足元に潜り込む。


「大事な奴らを守るためにな」


 黒竜の腹に、全力の一太刀を切り刻んだ。


『がっ……あ……』


 力の抜けた声が、頭上から聞こえた。クリフが黒竜の下から退避すると、背後から大音が聞こえる。振り返ると黒竜の倒れた姿があった。黒竜は動く様子が無いまま、静かに呼吸を止めた。

 クリフは大きく息を吐き、その場に座り込んだ。


「はぁ……良かった……」


 一般人の被害はゼロ。戦士たちの被害は軽微。建物の損傷は多数有り。黒竜に街を襲われたにもかかわらず、この被害は少ない方である。何より、一般人の死者がいないことに、クリフは満足していた。


「クーリーフー!」


 勝利の余韻に浸っていると、ロロの声が聞こえてきた。振り向くと、ロロが笑顔を見せながらクリフの方に走って来ていた。


「おう、ロロ。無事だった―――」

「クリフー!」


 クリフが言い切る前に、ロロはクリフに飛びついた。疲労があったことと勢いがあったことで、クリフは地面に倒れてしまう。しかも、ロロが抱きついているというおまけつきだ。クリフの鼓動は今まで以上に大きく、そして速くなった。


「ば、ばかロロ! すぐ離れろ!」

「クリフのお蔭で皆助かったよ! ありがとクリフ! んっ」


 ロロはクリフに顔を近づける。何をされるのか予期できなかったクリフは、何もできずにロロの動きを抑えられなかった。


 そしてロロの唇がクリフの頬に触れた。


「がっ―――」


 衝撃的な出来事に、クリフは言葉を失う。


「もうっ、クリフったら、ほんとに、さいこー! 大好き!」


 クリフが驚いている隙に、ロロは何度もクリフの頬にキスをする。

 いつの間にか、目の前が真っ白になっていた。

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