第12話 竜狩りの戦士

 戦士団詰所には、多くの戦士たちが集まっている。フェーデルはアーデミーロのような大きな都市ではないため、竜狩りの戦士を見る機会は少ない。故に、エリザベスを一目見ようと、詰所内にいた戦士のほとんどがエリザベスに注目していた。


 だが、その視線が二分した。


 エリザベスと、彼女が指差したロロ。皆の視線は、今二人の間を行き来している。ロロとエリザベスには疑惑の視線が向けられていた。


「ど、どういうことですか、エリザベスさん」


 眼鏡の職員がエリザベスに伺う。また「ふふふ」と静かに笑う。


「あら、分かんないのかしら。けど仕方ないわねぇ。何体もの竜を狩った、竜狩りの戦士にしか感じ取れないのだから」


 質問に答えながらも、エリザベスはロロから目を離さない。


「私は竜の匂いを嗅ぎ分けれるの。そこの女から、竜の匂いがずっとしてるのよ。何匹も狩ってきた黒竜と同じ匂いが」


 竜狩りであるエリザベスが、暗に宣言した。ロロが黒竜であることを。


 彼女の宣言に、戦士たちが騒めき立つ。だが徐々に眼の色が変わっていく。

 ここは元『竜と会える町』。そして今は『竜に裏切られた町』。詰所にいる戦士たちの中には、フェーデル出身の者が多い。


 彼らは今、憎悪を宿した目でロロを睨みつけている。どんなモンスターにも恐れないクリフだが、ロロの傍にいるだけで彼らの視線に戦慄した。

 辺りから突き刺さる殺意に、ロロは動揺してうろたえている。竜が怖がられていることは知っていたが、ここまで恨まれているとは思わなかったようだ。


 その様を見たクリフは、ロロとエリザベスの間に立つように移動した。


「あら、どうしたのかしら。私の言葉が聞こえなかったの?」


 クリフの行動を訝しむエリザベスに、クリフは問い返した。


「こいつは本当に黒竜なんですか?」

「…………あら」


 エリザベスは珍獣と会ったような眼でクリフを見る。クリフはぐっとこらえた。


「俺は……私は、こいつが竜から人になるところを見ました。確かにこいつは竜です。それは間違いありません。おっしゃるとおりです」

「……」

「しかし、私にはこいつが黒竜とは思えません。竜の姿の時、こいつの身体には黒色がありませんでした。それに、黒竜なら人を喰うはずなのに、気を失った私を助けてくれました」

「……」

「彼女には今までの黒竜とは、いや全ての竜とは異なる力があると、私は考えています。それが分からない今、安易に殺すのは如何なものかと思うのです」

「……」

「だからそれが分かるまでは、彼女を監視下に置いて保護するのはどうでしょうか」


 元々、クリフの監視下にロロを置いておくつもりだった。戦士団にロロが竜であることを告げるのは、彼女の正体を知ってからでも間に合うと考えていたからだ。

 だが竜であることがばれてしまっては、クリフの都合だけでロロと一緒にはいられない。それならば、せめてロロが戦士団の下でいられるようにすれば、遅かれ早かれロロの事を知れるだろう。

 彼女が本当に黒竜だったか、否か。それさえ聞ければ、ロロと離れてしまうことは些細なことだった。


 クリフの話を黙って聞いていたエリザベスは、今も静かにクリフを見ていた。物珍しそうな目をするエリザベスが、何を考えているのかクリフには分からない。エリザベスが案を呑んでくれることを、クリフは祈るだけだった。


「ふふ、ふふふ、ふふふふふふふふふふ」


 静寂を破ったのは、エリザベスの気味が悪い笑い声だった。


「あなたは……何を言ってるのですか?」


 口角を限界まで上げ、大きく眼を見開いたエリザベス。クリフは彼女の威圧感に押されて、思わず身体が引けてしまった。


「人になれる竜よ。黒竜よ。黒竜は一体残らず殺すのが竜狩りの戦士の役目なのよ。そんなことも知らないのかしら?」

「それは―――」

「知ってるわよね。ならなぜ庇うのかしら。あなたも戦士でしょ? 竜を殺したくて戦士になったのでしょ?」

「……たしかにそうですが、私が言いたいのは―――」

「違わないなら、私のやり方に口を出さないで。例え変な力を持っていたとしても、黒竜を殺すのが私のやり方よ。それとも」


 エリザベスは冷ややかな目をクリフに向ける。


「竜狩りの戦士である私に、歯向かうというのかしら」


 静かな殺気が、クリフに突き刺さった。


 エリザベスはクリフよりも小さく細い。だが彼女から感じる迫力は、いつか見た竜と同等以上のものだった。

 クリフは固唾を飲んで、エリザベスを見ることしかできなかった。


「さぁ、早く捕まえなさい。あなたが一番近くに―――」


 エリザベスが話していると、突っ立っていることしかできないクリフの前に、ロロが進み出る。


 周囲の戦士は警戒して各々が武器を構える。しかしロロが両手を前に出すと、その行為を不思議がって戸惑った。


「あれ? 捕まえないの?」


 ロロは小首を傾げながらエリザベスに尋ねる。彼女の理解しがたい行動に、エリザベスは「はぁ?」と返した。


「あなた、自分が何をしてるのか分からないの? ここで暴れたら逃げられる可能性が僅かにあるのに、それをゼロにするのかしら。馬鹿なの?」

「だけどそしたら、みんな傷ついちゃうよね」

「当たり前じゃない。竜と戦うんだから、それくらい覚悟してるわ」

「じゃあロロは戦わない」

「はぁ?」

「誰かを傷つけるくらいなら、ロロは捕まるのを選ぶ」


 ロロの言葉で、再び静寂が訪れた。


 人を殺さないどころか、傷つけることすら避けようとする黒竜。これは、今までの戦士たちの常識を覆す事態だった。

 自分よりも他人を気遣う発言。黒竜とはあるまじき行動に驚愕し、皆は口を開くことすらできなかった。


 それはクリフも同様だった。

 人と仲良くなりたいとは聞いていたものの、それは人間への好奇心から来るものだと思っていた。クリフもエリザベスと同じで、ここから逃げるものだと予想した。

 だが逃げるどころか囚われることを選択したロロに、クリフは唯々驚くしかなかった。仲良くしたいという想いが、これほどだったとは。


「……ここまで馬鹿だったとは思わなかったわぁ。捕らえなさい、イアン」

「は、はい」


 沈黙を破ったのは、またしてもエリザベスだった。エリザベスはイアンに命じて、ロロの両手に手錠を掛けさせる。そして職員に牢屋の場所を聞き、彼女はイアンとロロを連れてその場に向かった。


 ロロがクリフとすれ違う時、彼女は小声でクリフに「大丈夫」と告げる。

 クリフは何も言えず、ただ突っ立っているだけだった。

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