第11話 竜嫌いの町

 早朝、クリフとロロは何事も無く朝を迎えた。ロロは身体を起こして目を擦りながら「おはよー」と挨拶し、クリフは若干寝足りなかったため欠伸を出してから「おぅ」と眠そうな声を返した。

 起きた二人は身支度を手早く済ませて洞窟を出る。


「んー……早起きって気持ちいいねー」


 太陽の光を浴びながら四肢を伸ばすロロ。対してクリフは、朝日が眩しく感じて薄目になった。


「そうだな。天気も良いし、予定通りにフェーデルに着きそうだ」

「フェーデルか……どんな町かなー」


 期待に満ちた表情のロロは、楽しそうに歩き続ける。腰まで伸びた雑草地帯に入っても、ぬかるんだ泥道を通っても、ロロは気にせず楽し気に進んでいた。

 その様子にクリフは嘆息した。


「どしたのクリフ? 何か心配事?」


 心配げな顔を見せるロロに、クリフは正直に答えた。


「フェーデルはな……お前が楽しめる街じゃないぞ」

「何で?」ロロは首を傾げる。


 クリフは気が進まなかったが、すぐに知ることだと諦めて説明をした。


「あそこは竜に裏切られた町だからだ」




 フェーデルの名物は、今は二つある。一つは肉と野菜を使った料理、もう一つはモンスターの解体ショーだ。

 フェーデルは気候が穏やかな町である。そのため周辺のモンスターや家畜は気候のストレスを受けることなく育つことができ、結果良い肉質に育ちあがる。同じような理由で、野菜も美味しく実るそうだ。

 そしてギリアン山脈とウタール山脈には、多種多様のモンスターが生息している。美味しいうえに金になるモンスターが多いため、狩猟を生業とする者が多かった。住民の約二割が狩猟者として働いており、他の住民も小さなモンスターならばさばけるほどの腕を持っていた。その中で最も腕の立つ者が、町の中央にある解体場で定期的に解体ショーを行う。クリフも一度は見たことがあり、その手際の良さに楽しんだこともあった。


 だが昔は、この二つに加えてもう一つの名物があった。

 《竜に会える町》。それがフェーデルの代名詞だった。


 その名の通り、フェーデルにはとある竜が度々訪れていた。

 竜の名はファルゲオン。首が長く、四本脚で、背中に翼を生やした碧色の竜だ。

 ファルゲオンは街に訪れると、数刻ばかり人間と戯れた後に、人間が作った料理を食べてから帰っていくという大人しい竜である。だが町がモンスターに襲われたときは、身を張って戦ってくれる心優しき竜でもあった。

 竜狩りの戦士が、フェーデルに竜がいることを知っていても手を出さない程に、町はファルゲオンと共生できていた。


 だが、共生の日々が終わったのは突然だった。

 ある日、フェーデルは黒竜に襲われた。当時、町が黒竜に襲われるのは初めてだったが、フェーデルの戦士たちはファルゲオンと協力して黒竜を退治しようとした。

 しかしファルゲオンは、黒竜を前にすると逃げ出した。それどころか、戦士たちが黒竜を退治した後になって戻って来て、フェーデルで暴れ出したのだ。


 なんとかファルゲオンを撃退したものの、街には大きな傷跡が残った。

 仲良くしていた竜に裏切られた。この事があってか、フェーデルの住民に竜への遺恨が生まれた。

 所詮は竜。人と共に生きていくことは出来ない、と。


 クリフとロロがフェーデルに着くと、まずその象徴を目にした。

 かつてはファルゲオンを模した石像だったものが街の入り口にあるが、今やその石像の頭部は壊されており、石像自体も長年手入れがされていないと分かるほど汚れていた。

 ロロはその石像の前で立ち止まる。そっと手を伸ばして触ると、石像に付着していた泥が手に転移する。


 人と仲良くしようとした竜。同じ想いを抱いたファルゲオンに、ロロは共感しただろう。その一方で、ファルゲオンの最後の行動が納得できない思いもあるはずだ。

 ロロはファルゲオンの首無し像を、悲愴な顔つきで見続けた。


「……ねぇクリフ」

「なんだ?」

「布切れとか持ってない?」


 ロロが何をしようとしているのかを察したクリフは「やめとけ」と答えた。


「この町は世界一竜を嫌う町と言ってもいい。その石像を拭いてるところを見られたら酷い目に遭うぞ」

「けど……」

「ほら、早く行くぞ」


 クリフが急かすと、ロロは名残惜しそうな顔をして石像から離れた。町に入ってすぐの場所に、背の低い老婆がクリフたちを見ている。石像前に居続けたのは目立っていたようだ。クリフは後悔を内に出し、逃げるように早足でその場を去った。


 しばらく歩くと、フェーデルの戦士団詰所を見つけた。クリフは迷うことなく中に入る。入って正面には受付机があり、奥には椅子に座った戦士団の職員がいる。眼鏡を掛けた細身の青年だ。名前は知らないが、何度かここに来たことがあるので顔は知っている相手だ。

 クリフは真っ直ぐに受付に向かうと、職員に声を掛けた。


「なぁ。昨日、イアンという戦士は来たか?」

「あ、はい……ってクリフさん? 生きてたんですか?」


 職員は驚きの表情を見せた。この反応だと、イアンは無事に帰って来て報告をしたようだ。クリフは安堵の息を漏らした。


「あぁ。それより、竜の情報は聞いてるか?」

「はい。昨日イアンさんから報告を受けています」

「だったら早く竜狩りを呼んだ方が良い。いつ襲ってくるか分からないぞ」

「それは、もちろん。昨日報告を受けた時点で連絡を出して―――」

「ねぇ、竜って何?」


 クリフと職員の間にロロが身体を入れて会話に入ってくる。クリフは咄嗟に後退してロロと距離を取った。


「心臓に悪いことするんじゃねぇ!」

「そんなつもりないってば。ほら、この人は驚いてないでしょ」


 ロロは職員の青年に顔を向ける。青年は目を見開かせてロロを見て、次にクリフに視線を向ける。


「クリフさんの知り合い、ですか?」

「……あぁ」少し躊躇ってクリフは返す。

「……治ったんですか? 女嫌い」

「いや、まだだ。あと嫌いじゃなくて苦手なだけで―――」

「なのに女性と一緒にいるんですか?」

「悪いか?」

「いえ……ちょっと、いや、かなり意外だったので……今日は嵐が来そうですね」

「訳アリなだけだ。あとロロ、ちょっと引っ込んでろ」

「少しくらいいいじゃーん。それよりさ、竜居るの? 近くに」

「えぇ。近くの山に来ているようです。けどご安心ください。じきに竜狩りの戦士が来て、退治してくれますから」

「その通りだ」


 再び、会話に入り込んでくる声があった。後ろを振り返ると、詰所の入り口には一組の男女がいる。

 一人は昨日クリフと森で別れたイアン。五体満足で無事みたいだ。

 その隣には黒髪を腰の位置まで伸ばし、前髪で左目が隠れている細身の女性の姿があった。黒いマントに黒い上下の服。全身黒ずくめのなかで不健康そうな白い肌が目立つ陰気臭い女性だった。


「無事だったのか、イアン」


 とりあえずイアンに声を掛けると、イアンはふんと鼻を鳴らす。


「それより、竜狩りの戦士のエリザベスさんが到着したぞ。これで一安心だ」


 イアンの言葉の後に、一緒にいた女性が前に出る。この人が竜狩りの戦士だろう。言われてみればただ者とは思えない雰囲気があった。

 エリザベスは「ふふふ」と薄気味悪い笑みを浮かべる。


「匂う、匂うわぁ……胡散臭い竜の匂いがぷんぷんするわぁ……」


 その場で呟くエリザベスに、皆注目している。エリザベスの妙な威圧感に、クリフはたじろいでいた。

 するとエリザベスは、右手を前に出し、人差し指をロロに向けた。


「あなたたち、その竜を捕まえなさい」

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