第9話 ロロの目的

「やっぱ焼き魚には塩が一番だね」


 焚き火で焼いた魚を頬張りながら、ロロは感想を述べる。ロロの足元には五本の串が無造作に捨てられていて、今まさに六本になろうとしていた。

 ロロは満足げな顔を見せ、六本目の串を地面に置くと焚き火の方に手を伸ばす。しかし火に触れる直前に手を止め、目当てのものが無いことに気づいた。


「これで最後だよ」


 クリフは最後の焼き魚に齧り付きながら宣告する。クリフの横には三本の串が綺麗に地面に並べられていた。


「ありゃりゃ。やっぱ足らなかったかー」


 残念そうな声を出し、ロロは地面に仰向きで寝転ぶ。そのまま寝るんじゃないかと危惧したが、数秒ほどで起き上がり、洞窟の外に出ようとする。


「どこに行くんだ?」

「食べもの探してくる。お腹減ったから」

「六匹も食ったのにか」

「うん。全然足りない」

「やめろ。もう外は真っ暗だ」

「あれ? 心配してくれてる?」

「逃げられたくないからな」

「なんでロロが逃げるの? クリフは変だねー」


 ロロはけらけらと笑いながら、すとんと腰を地面に下ろした。外に行くのは止めたようで、クリフが食事をする様を眺めていた。

 じっと見られているのが気になり、クリフはロロに質問をした。


「どうして俺のいる場所が分かった? お前には行き先すらも言わなかったぞ」

「場所はマリーさんから聞いたよ。山に入ってからはクリフの匂いを辿ってきたんだ。すごいでしょ」

「俺を助けた後はどうなった? 誰かに会わなかったか?」

「ううん、誰にも会わなかったよ。クリフ以外の人の匂いはあったけど、仲間の人?」

「あぁ……」


 ふとイアンの事が気になった。あの場にいたモンスターはクリフが全部引き受けていた。しかし、それ以外のモンスターはクリフにはどうにもできない。無事に森から出ていることを願うしかなかった。


「あと、ここはどこだ? ギリアン山脈だよな?」

「うん。クリフを見つけた場所からずーっと西に歩いたら、ここを見つけたの。近くにモンスターが居ないし川もあったからちょうど良いなって」


 クリフはロロと話しながら魚を食べ、同時にクリフが置かれた状況を把握しようとした。何が起こって、何をすればいいのかを考え、これからの方針を決める。


 じきにクリフは魚を食べ終え、座り直してロロの方に向き直る。一息ついてから、クリフは意を決してロロに尋ねた。


「お前は……本当に竜なんだな」


 起きてから今までの展開でほぼ確信していたが、尋ねずにはいられなかった。

 ロロは自身を竜だと言った。そしてクリフは竜がロロになったところを目撃した。これだけでもロロが竜であることが確定している。


 だがクリフは、確かめたかった。

 目の前の者が助けるべき弱者か、倒すべき敵なのかを決めるためには必要なことだった。

 そしてロロは、平然な顔をして「そだよ」と肯定した。


「竜は竜でも、最弱の竜だけどね」

「最弱?」

「うん。世界に存在するどの竜よりも弱いんだ。だから他の竜より恐くないよ」


 クリフは竜の姿を見せたロロを思い出す。普通の竜は、最低でもクリフの倍以上の大きさがある。しかしロロは、今までクリフが発見した竜の中でも一際小さかった。

 大きいものほど強い。人間は技術や知識を駆使すれば体格差の不利を覆せるが、モンスターにはその手段がほぼ無く、竜も同様だ。そう考えれば、竜としては小さいロロが最弱であると言われても納得できる。


 しかし、恐くないというのはありえない。

 最弱でもロロは竜だ。竜は人とは比べ物にならない程の力を有している。竜に殴られたら、蹴られたら、踏まれたら、ぶつかられたら、怪我をし、死に至る。例えロロのような小さな竜でも、それは同じである。

 しかもロロは人になれる竜、すなわち黒竜だ。

 人を殺して喰う捕食者。その事実が、例えロロが最弱であっても、恐怖の対象から外れない理由である。


 そしてクリフは、そのことをロロに告げるつもりは無かった。

 竜が嫌われていることを伝えると、逃げてしまう可能性がある。空を飛べる竜に逃げられたら追いかける術はない。

 クリフはロロを逃がさないために、またロロの動向を探るために、会話を続けることに努めた。


「ま、他の竜に比べたらそうかもしれないな」

「でしょ。それにロロは人に変身できるから、友達になれると思うんだ。見た目が人なら恐くないでしょ」

「そうだな。その姿なら竜と気づかないな」

「うん。だからさ、まずは人の姿で仲良くなって、その後に竜ってことを言うの。最初っから竜になってたら恐いと思うけど、ロロの事を知った後なら大丈夫じゃないかなーって。どう?」

「なるほど。良い考えだ」


 クリフはロロから目を逸らしながら、心にもないことを口にする。嘘が苦手なクリフは、こういうときに女性が苦手であるという欠点と、相手がそれを知っていることに幸運を感じた。


「クリフもそう思う? ホントに?」

「あぁ、もちろんだ。それなら竜でも人と仲良くなれるんじゃないか」

「だよねだよね! 良かったー。それなら安心して街に行けるよ。もしかしたら恐がるんじゃないかって思ってたんだ」


 悩みが解決して晴れやかな笑みを見せるロロは、普通の少女と同じに見える。ロロが竜であるということを一瞬忘れて、クリフは心を痛めた。


 だが、クリフの考えは変わらない。

 ロロは黒竜で、排除すべき存在だ。クリフは己にそう言い聞かせ、今一度覚悟を改めた。


「そういうのはお前次第さ。それよりも、そろそろ寝よう。明日は早いうちにフェーデルに向かいたい。俺が無事な事を伝えないといけないからな」

「はーい。そうしまーす……あ、そうだクリフ。ちょっとお願いがあるんだけど、良い?」

「なんだ?」


 ロロは両手の人差し指を突き、もじもじとした様子でクリフに願い出た。


「ロロが友達つくるときね、クリフに協力してほしいの」

「協力?」


 恥ずかしそうな顔でロロは「うん」と頷く。


「ロロね、人のこと全然知らないからさ、間違っちゃうことがあると思うんだ。ほら、昨日クリフが助けてくれなかったら、飢え死にしてたかもしれないし、変な所に連れて行かれてたかもしれないでしょ。だからロロが変な事してたり間違ったことして誰かを困らせちゃったら、クリフに助けて欲しいの」


 ロロらしくないいじらしい表情に、クリフは不覚にもどきりとしてしまう。クリフの事を知ったうえでの振舞いなのかは不明だが、それはクリフが一番苦手な顔だった。

 だからクリフは、ロロが竜であることを忘れて、真剣に答えていた。


「……分かった。それくらいなら協力しよう」

「ホント? ありがとクリフ! だーい好き!」


 ロロの満面の笑みを見て、クリフの胸の鼓動が最高潮に高まった。焚き火の勢いが弱まっているのに、クリフの体温は上がっている。

 だがロロが竜であることを思い出して、クリフは条件をつけ足した。


「その代わり、勝手に竜にはなるな。お前が相手と仲良くなったとしても、俺が許可しない限りは変身するな」

「分かった! クリフが良いって言うまで竜になりませーん。これで良い?」

「……あぁ。約束だ」

「―――うんっ! 約束だね」


 クリフが加えた制限に、何故かロロは嬉しそうに返事をする。

 不思議に思いながらも、クリフは疲労もあってか考えることを止め、「じゃあ寝るぞ」と言って壁にもたれかけた。


「座って寝るの? 寝にくくない?」

「すぐに動けるために必要なんだ。慣れれば寝れる」

「ふーん、そっか。じゃ、おやすみー」


 そう言って、ロロはその場で寝転んで目を瞑る。地面が堅いのを気にして何度も寝返りをうったり、場所を移動したりしたが、じきに寝やすい場所を見つけて動かなくなった。


 クリフは武器の所在を探し、焚火の近くにある事を視認してから目を瞑る。そしてある音を聞き取るために耳をこらす。

 ロロが寝息をたてた時が、クリフが動く時だった。

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