第7話 いつもと違うモンスター
戦闘において、クリフは二つの武器を使っている。一つは身の丈程ある大剣、もう一つは大振りの黒刃のナイフだ。
大剣は店で売っているそれよりも、比重が大きい鋼鉄を素材として作られた特注品である。その重さゆえ抜群の威力を誇るが、クリフ以外で扱えるものは極少数、ましてや片手で振り回せる者はクリフが知るところでは一人しかいない程だった。
一方のナイフは、黒刃であること以外は珍しいところはない。父親の遺品のため詳しいことは知らないが、刃はモンスターの牙で作られたものらしい。程よい重さのため、投擲にも使える代物だった。
これらの武器を駆使して、クリフはモンスターと戦っていた。主に大剣を振り回し、素早い相手や逃げようとする相手にナイフを使って攻撃する。この戦い方で何百匹のモンスターと戦ってきた。
今回も同じだった。ギラフとグレザリンが組んでいることに驚いたが、冷静になればどうってこともなかった。ギラフには大剣を一太刀でも浴びせれば倒せる。グレザリンの攻撃は危険だが初動が遅い。視界に姿を入れておけば避けられる程の速さだ。同時に相手するには面倒だが、先にギラフを片付ければ勝てる相手である。
ギラフはクリフを囲んで逃げられないようにしているが、足止めの役目がある以上、クリフに逃げるという思案は無い。クリフは襲い掛かってくるギラフを焦ることなく処理をする。
余裕をもって攻撃を避け、狙いを済まして反撃する。ただその作業をクリフが淡々と繰り返していると、残りのギラフは三匹まで減っていた。ギラフたちは恐れを抱いたか、跳びかかることを躊躇しているように見えた。
しかしこの数まで減れば、ギラフの攻撃を待つ理由は無かった。
小さく息を吐くと同時に、地面を強く蹴ってギラフに詰め寄る。一瞬にして距離を無くすと、すぐさま大剣を突き刺した。攻撃されたギラフは右に避けたが、クリフはすぐに追撃する。突き出した大剣を止めて右方向に薙ぎ払う。大剣はギラフの身体を捉えるが、斬るまでに至らず、吹き飛ばす程度に終わる。だが、それでギラフが体勢を崩し、その隙にクリフは再び距離を詰めて大剣を斜めに振り上げた。ギラフの腹に大剣が入り、勢いのまま吹き飛んでいった。
「あと二匹と一体。いや―――」
クリフは振り返りながら、大剣から右手を離し、その手でナイフを振り抜いた。ナイフの軌道には後ろから跳びかかってきたギラフの顔があったが、すぐに上下真っ二つに割れる。顔を斬り裂かれたギラフは、血飛沫を上げながら地面に落ちた。
「一匹と一体、だな」
クリフを囲んでいたモンスターが、グレザリン一体とギラフ一匹だけになっていた。他のモンスターは皆地面に倒れ伏している。どれも致命傷を負っていて、立ち上がる気配を微塵も感じない。つまり、目の前のモンスターを倒せば終わりである。
しかし、クリフの顔つきは険しかった。それは今この状況の異様さを感じていたからだ。
ギラフは群れで生活するモンスター。群れの中にはリーダー的な存在が居て、そいつの指示の下で動いている。戦うのも逃げるのもリーダー次第で決定される。そしてギラフの多くは用心深く、仲間を大事にする性格だ。仲間が傷つくことを忌避し、餌を狩るときは確実にやれるとき以外は手を出さない程の慎重っぷりである。
そんなモンスターが、なぜここまで戦ったのかが疑問だった。普通ならば、最初に三匹やられた時点で逃げるはずだ。仮に好戦的なリーダーだったとしても、残り一匹になるまで戦うのはおかしい。これも紛れもない異常現象だった。
異常に次ぐ異常。不快で複雑な展開が、クリフの思考を淀ませる。単純な性格のクリフにとって、今の状況は毒沼に浸かっている様な気分だった。
ふと、視界にいたギラフが動くのを捉えた。クリフに背中を向けるように振り返って走り出す。明らかな敗走である。
分かりやすい行動に、クリフは息を吐いた。あれはクリフにビビって逃げたか、仲間を呼びに行くための行動だ。後者ならじきに援軍が駆けつけてくるが、そんなことよりも理解できる行動を取ってくれたことに安堵した。これで何をすべきか、クリフの中で意思が固まったからだ。
残る敵はグレザリン一体。クリフは大剣を構え直した。
グレザリンはクリフの出方を待っているように動かない。その様子を見て、クリフは前進した。
迎撃されるかもしれない。罠かもしれない。その可能性を考えた上で、クリフは先に仕掛けた。
竜と敵対することになったら、今以上に危険な場面に陥ることもあるだろう。ならばこの程度のリスクにビビっていたら、とても竜狩りの戦士にはなれない。竜狩りになるには、力以外にも精神力も必要である。それを高めるためならば。
グレザリンの前に着くと同時に大剣を右に薙ぐ。刃はグレザリンの体に当たるが、流石というべきか、ギラフと違い深く入らない。硬い皮膚と筋肉で刃を止められていた。直後にグレザリンが左前脚を振り下ろす。クリフはそれを避けながら後方に下がる。
今の立ち合いで、クリフは一つの情報を得た。それは、このグレザリンは今まで相手をしたグレザリンとほぼ同格の個体であることだ。身体強度と反応速度、どちらも今までのグレザリンと大差なかった。
ギラフと組んでいたからには何かしらの特異点があるかと思ったが、至って普通の個体だ。そんなグレザリンを、クリフは何度も倒してきた。
つまり、問題無くこの場を生き残れる可能性がぐんと上がったということだ。
油断している訳ではない。グレザリンは他の戦士ならば苦戦するほどのモンスターで、腕に自信のあるクリフも、舐めてかかれば返り討ちにことも考えられる相手だ。
しかし、さっきまでは奇妙なことが続いたことで気が滅入っていた。相次ぐ異常事態に脳が疲れ、ストレスが溜まっていた。そこに、ふと安心できる材料が降って来たのだ。そのせいでクリフは、無意識に近いところで気が緩んでしまう。
だからクリフは、左の茂みから出てきたグレザリンに気付けなかった。
「っ―――」
気配で察した時には、すでにクリフの腕が届くほどの距離まで近づかれていた。咄嗟に大剣を盾のように使うが、グレザリンの突進に耐えられずに吹き飛ばされる。
クリフの身体は地面に落ち、勢いが止まるまで転がり続ける。やっと止まったと同時に、驚愕の事実に疑問が湧いた。
なぜ二体目のグレザリンが現れた。
ギラフと違い、グレザリンは群れない。グレザリンは縄張り内で個々に活動するモンスターだ。そのため他のグレザリンの縄張りに来ることは無く、ましてや共闘することなんてありえない。またしても、異常な出来事が発生していた。
クリフが原因を考える前に、二体目のグレザリンが再び突進してくる。すぐに大剣を振って牽制するが、グレザリンは躊躇せずに特攻する。クリフの大剣がグレザリンの体を斬りつけるが、突進を止めるほどの効果をなさない。グレザリンは勢いをそのままに、クリフの体をまた吹き飛ばした。
ぶつかった瞬間、全身に激痛が走った。数百キロの巨体にぶつかられた衝撃は計り知れない。声にならない程の痛みに襲われて悶絶した。
誤った。意識が飛びそうになるなかで、己の選択を悔いた。
今の攻撃は避けるべきだった。体勢が不十分だったままで攻撃しても、碌なダメージは与えられない。これまでの任務で身をもって知ったはずなのにミスを犯した。
普段ならばこんな失敗をしない。だが過去に勝ったモンスターという驕りと、度重なる不測の事態による動揺で、クリフの判断力は知らないうちに低下していたのだ。
クリフが歯を軋ませていると、グレザリンの走る足音が聞こえる。後悔している場合じゃない。生き延びるためには戦うしかない。クリフは大剣を握ろうと力を入れる。
しかし、右手に大剣の柄を握る感覚が無い。左手にも力を入れたが同じように無い。どちらの手にも大剣は無かった。
首を動かすと、右手の離れた場所に大剣がある。取ろうと起き上がるが、大剣を手に入れるよりも先にグレザリンに攻撃されるのが早そうだ。クリフは黒刃のナイフを右手で持つと同時に、グレザリンはクリフに跳びかかった。
勢いのまま、クリフは地面に倒される。頭を打って視界がぐらついたが、グレザリンの顔が目の前に迫っているのが見える。考えるよりもクリフは、グレザリンの顔にナイフを刺した。
目の前で血飛沫が噴き出たが、グレザリンの鋭い牙がクリフに向かって来る。しかしクリフの攻撃のせいか、牙はクリフの顔の右に逸れる。ちょうど視界が元に戻ったので改めて状況を確認すると、顔に刺したはずのナイフは首に刺さっていた。視界が定かでなかったので、距離を間違えたようだ。すぐにナイフを引き抜き、今度こそグレザリンの頭にナイフを突き刺した。グレザリンは一瞬だけ痙攣したように身体をビクンと震わせると、じきに動かなくなった。
これであと一体。そう思ってグレザリンの体の下から抜け出そうとしたが、それよりも先に残ったグレザリンが右前脚を振り下ろす姿が見えた。
いつの間にか近づかれていたことに気づかなかった。すぐに逃げだそうとしたが遅く、ナイフを持っていた右手を地面に押さえつけられた。
「がっ―――」
嫌な音が右腕から出る。骨の折れる音だち、痛みと経験で瞬時に察する。
だが、気づいたのはそれだけではない。
右腕が使えないこと。そして地面に押さえつけられたこの状態から、クリフは何の反撃もできないことを覚った。
死の恐怖。それが現実に襲い掛かってきた。
か弱き一般人のために命を張る。自分に言い聞かせてきた言葉を思い出した。
戦士になったことに後悔はない。命を散らす危険がある事は知っていたし、クリフ自身がいずれそうなることが起こりうると思っていた。
だがクリフの胸中にある二つの想いが、死ぬことを拒んでいた。
「まだ……まだ死ぬわけには……いかねぇんだ……」
一つは生への執念。もう一つは、
「竜を……殺し尽すまでは……」
竜への憎悪だった。
グレザリンはクリフの体に噛みつこうとする。それをクリフは、左手でグレザリンの顔を抑えて阻止した。利き腕の反対で、しかも不利な体勢でグレザリンを抑えるのは至難どころの話ではない。無茶無謀に分類する行為だ。
しかし、クリフに出来るのはこれしかなかった。左手だけで防いで、諦めた隙を狙って抜け出す。それしか方法が思いつかない。だからクリフは、必死の思いで力を振り絞る。残った力を使い切るつもりで出し尽す。
一方のグレザリンは抵抗するクリフに苛立ち、より力を込めて牙を近づける。体勢の差、体重の差、力の差。これらの差は埋めることができない程で、徐々にクリフの体に牙が近づいていく。時間が経つにつれてクリフはさらに体力を消耗し、より不利になっていく。
そしてとうとう、グレザリンの牙がクリフの体に届く。その瞬間、クリフの脳裏に死の文字が浮かんだ。走馬灯が頭を巡り、生が零れていく。
だが、
「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
大嫌いな声が、クリフを現実に呼び戻した。
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