第5話 任務にかける想い

「顔色悪いわねぇ。どうしたんだい?」


 翌朝、開店前の料理屋でクリフが朝食にありついていたときだった。カウンター席で黙々と食べていると、怪訝に思ったマリーに話しかけられた。


「ちょっと寝不足なだけだ」

「朝早いのに夜更かしでもしたのかい? まだまだ子供ねぇ」


 クリフは料理と一緒に言葉を呑みこむ。女体の感触に興奮して寝付けなかったとは言えなかった。どっちみち、子供のような原因である。


「そう言えばロロちゃんは? 一緒に行かないのかい?」


 今は陽が昇って間もない時間。街の住人も起きている人がまだ少ない時間帯である。

 そんな時間にクリフが起きたのは任務があったからだ。


「行けるわけないだろ。怪我でもされちゃあ困る」


 マッサージをしてもらった後、クリフは逃げるようにして自室に逃げ込んだので、ロロには今日の事を何も伝えなかった。そのため、今はぐっすりと寝ているはずだ。連れて行く気が無いので、起こす気は全くなかった。


 クリフは残りの料理を口にかきこんで「ごちそうさん」と言い残すと、持ち込んでいた装備を身に付ける。バッグパックに入った荷物を確認してから、料理屋を後にする。


「いってらっしゃい。身体に気をつけるんだよ」


 外に出たクリフは、マリーからいつもの言葉を受け、クリフもいつも通りに応える。


「いってきます」


 この瞬間はクリフが子供だと自覚してしまう時間であったが、嫌いではなかった。





 クリフが住む街【アーデミーロ】の外で、クリフは隣街【フェーデル】へ続く街道から少し外れた場所にいた。クリフの隣には馬車があり、馬車にもたれかかった状態で人を待っていた。苛立った顔を見せながら、何度も地面を足で叩いている。


「戦士様、お茶でもどうですか?」


 馬車の御者がクリフの様子を気にして茶を勧める。白髪交じりの頭でやや細めの体型をした初老の男性だ。剣を振るったことも無い気弱そうな顔をしている。


「いえ、結構です」


 クリフが即座に断ると、御者は「そうですか……」と気まずそうな顔をして御者台に座り直した。苛立っていたとはいえ、おざなりな対応をしてしまったことにクリフは気づいた。


「いや、やっぱり貰うよ。ちょうど喉が渇いてたから」

「……えぇ、どうぞ。茶でも飲めば少しは気分が落ち着きますので」


 僅かに口角を上げた御者はアルミ製の水筒を取り出す。鞄に入っていたコップを取り出して冷たいお茶を入れると、それをクリフに渡した。貰ったお茶を喉に通すと、自然に一息ついていた。


「すまんなおじさん。待たせてしまって」

「いいんだよ、戦士様。これくらい待つうちに入らんさ」


 今回の任務はモンスターの生態調査。隣街のフェーデルに移動した後、周辺の山を三日かけて調査するという内容である。どの戦士でもしたことがある基本的な任務で、緊急性が低く、難易度もそう高くないものだ。

 それ故に、多少経験を積んだ戦士はこの任務の危険性を軽視しがちである。クリフが待機している理由もそれが原因だ。大概の任務は複数人であたることになっている。今回はクリフ以外にももう一人の戦士と協力して行うのだが、その相手が時間になっても待ち合わせ場所に来ないのだ。それなりに経験を積んだ者であったことから、懸念した理由で遅刻しているのだろうと容易に推測できた。馬車の御者は戦士団が専属で雇っている人だったため、こういうことには慣れているようだ。

 だがクリフは気長に待てられるほど大人では無かった。お茶を飲んで少しだけ気が和らいだものの、苛立ちが消えることはなかった。


 出発予定の時間が過ぎてから三十分ほど経ったとき、誰かが馬車に近づく気配を察する。そこにはのんびりとした足取りで歩く戦士がいた。


「お、もう来てたのか。早いねぇ」


 今回の任務の相方であるイアンだ。癖のついた緑色の髪を右手で抑え、左手には食料が入っていると思われる袋を持っている。遅刻したにも関わらず悪びれもしない態度に、クリフの苛々は増した。


「あんたが遅いんだよ。予定の時間から大分過ぎてる。何を考えてるんだ」


 強い語気で咎めるが、イアンは緩んだ表情を変えなかった。


「そんなに怒んなよ。たかが生態調査だろ。ちょっと遅れても問題ねぇよ」

「そのちょっとした時間で竜の痕跡を見落としたらどうする? 暗くなったら調査効率は落ちるって、俺より長く戦士をやっているのに知らないのか」

「竜の痕跡くらいは見落とさねぇよ。少しくらい信用しろって」

「信用? 平気に約束の時間に遅れて謝罪もしない相手を?」

「大丈夫だって。仕事はちゃんとするからさ。心配すんなって」

「するに決まってるだろ。命懸かってんだから」

「おや? 意外と小心者だなぁクリフは。そんなに自分の命が心配か。戦士たるもの、どんな相手でも戦う覚悟を―――」

「自分の命は二の次だ。俺が不安なのは別の事だ」

「別?」

「あんたみたいな怠け者のせいで、か弱い一般人が被害に遭う。そう考えたら必死にもなるさ」


 イアンの顔から、へらへらと笑う情けない表情が消える。代わりにクリフを恨めしそうに睨む顔が現れるが、クリフはそれを無視して馬車の席に座った。


「早く行くぞ。これ以上あんたのために時間を掛けたくない」


 クリフが急かすと、イアンは乱暴な足取りで馬車に乗り、これ見よがしに舌打ちをする。クリフにもその音は届いていたが、無視を決め込んで何も言わなかった。

 二人のやり取りを眺めていた御者は、気の滅入った顔をして溜め息を吐いていた。

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