第3話 戦士の生活
「あたしもね、ちょっと言い過ぎたかなーって思ってたのよ。さっさと結婚しろとか、女にビビってんじゃないよとか、煽り過ぎたと反省してね。よくよく考えたら、あんたは竜狩りになるために必死になってたんだからそんな暇は無かったよねって」
「何度もそう言ってたじゃねぇか」
「だからせめて昇格試験が終わるまでは、そういう話は止めようと思ったのよ。竜狩りになれば見合い話なんて嫌っていうほど来るから、もっと楽に相手を見つけられるからね」
「そんなつもりねぇけどな」
「けどね……」
下宿先の大家であるマリーが、丸々とした身体を震わせながら、右手の太い人差し指をある方向に向ける。
そこには用意された夕食を、手を止めずに食するロロの姿があった。
「あんなにかわいい子を攫ってくるほど思い詰めてたなんて思わなかったのよ!」
「だから誘拐じゃねぇって言ってんだろ!」
「竜狩りになる前に女狩りになってどうすんのよ!?」
「んなつもりねぇよ! 何度も言わせんじゃねぇ!」
「女嫌いはフェイクだったわけね! だったら前に話した見合いを受けなさい! 逆玉よ、逆玉! 成功して金持ちになったらうちの宿を改装しなさい!」
「嫌いじゃなくて苦手なだけだ! つか、そんな事考えてたのかよ!」
「女が一人で生きていくにはねぇ、貪欲に金を稼がないといけないのよ。だから受けなさい」
「絶対嫌だ」
クリフはマリーが持って来た二十二回目の見合い話を蹴ると、ロロと同じように食卓に着く。マリーが用意した料理を冷めるまえに食べたかったので、すぐに箸を持って食事にありついた。
今日は豚に衣をつけ、熱した油で揚げた品が本日のメイン料理。サクサクとした衣と、マリー自家製のソースの組み合わせは絶妙で、いくら食べても飽きなかった。
「ま、あんた以上に料理の腕を持つ相手なら考えてもいいがな」
「そう。じゃ、さっきの話はダメね」
マリーも食卓に着き、自分が作った料理を食べ始める。「さすがあたし」と自画自賛しながら満足そうな笑みを見せていた。
その間もロロは料理を食べ続けている。ライス、サラダ、スープをむさぼりつくすような勢いで口に運び、ひとしきりを口の中に溜め込んでから食道を通らせると、頬を緩ませた間抜けで幸せそうな笑顔を見せた。
「マリーさん、これ美味しいです。今まで食べたなかで、いっちばん美味しいです」
「あら本当? 嬉しいわぁ。ほら、育ち盛りなんだからもっと食べなさい」
マリーは自分に用意した食事のいくつかをロロにあげると、「ありがと!」とロロは嬉しそうに返し、食事を再開した。ロロはもちろん、料理を作ったマリーの顔にも笑みが浮かんでいた。
一時間くらい前、クリフは下宿先の【たそがれ荘】にロロを連れて帰った。たそがれ荘は市街地から離れた場所にある、古い木造住宅だ。二階には十畳ほどの広さの部屋が四部屋の集合住宅、一階は朝昼の間だけ営業する料理屋になっている。たそがれ荘の住人は夕食の時間になると、この一階でマリーが用意した料理を食べるのが習慣だった。
他の住人は今日は留守にしているため、今食卓にいるのはクリフとロロ、大家のマリーの三人だけだ。外出してくれて良かったとクリフは胸を撫で下ろした。
「あの子たちが居たら、今頃もっと騒がしかったわねぇ。クリフが女の子を連れてきたなんて知ったらどんだけうるさかったことか」
大家のマリーは、度々クリフに見合い話を持ってくるお節介焼きな女性だ。体格が良いクリフが細く見えるほど、身体が縦にも横にも大きい。クリフと同じ色の赤髪を頭の上で団子のようにまとめている。その格好はどの町でも見かけるおばちゃんだ。実際の年齢も相応である。
「そうだな。ところで、部屋、空いてたよな。そこにこいつを泊めてくれよ。ちゃんと金は払うからさ」
「あれ? 一緒の部屋じゃないのかい?」
「だからそんなつもりじゃねぇって……路頭に迷ってたのを助けただけだ」
「ふーん。相変わらずだねぇ……で、その後はどうするんだい?」
「なんとかできないか?」
「あんたねぇ……人助けは感心だけど、もう少し後先考えなさいよ。言っとくけど、うちは手ぇ足りてるから雇えないよ」
「んなこと考えてたらなんもできねぇよ。でさ、どっか良い職場知らない?」
「まぁ心当たりはあるから良いけどねぇ……」
マリーがロロに視線を向ける。ロロは椅子の背もたれに体重を乗せ、椅子を前後に揺らしながら顔を天井に向けている。その顔には間抜けな笑みが浮かんでいた。ロロの前にあったはずの料理はすべて無くなっていたので、料理の余韻に浸っているのだろう。
「ロロちゃん、何かやってみたい仕事とかある? おばちゃん、紹介してあげるわよ」
マリーの声に反応し、ロロはパッと身体を起こして答える。
「ロロはね、クリフのお手伝いするから大丈夫だよ」
相変わらずの答えに、クリフは顔を背けながら「ダメだ」と即拒絶する。
「さっきも言っただろ。危険な仕事だって。お前みたいな一般人は連れて行けないってことも」
「だいじょーぶ。ロロ、けっこう役に立つから」
「飯代すら無い奴の言葉なんか信用できるか。食い扶持くらい稼いでから言いやがれ」
「じゃあクリフは、ロロの眼を見て断ってよ」
途端に、クリフの口から言葉だ出なくなる。二人の言葉の応酬を眺めていたマリーは、身体を震わせながら顔を俯ける。
クリフはギギギと音がするようなぎこちない動作で首を動かして、ロロに顔を向ける。ロロと顔を合わせるとクリフは勝ち誇った笑みを見せたが、お返しと言わんばかりの眩しい笑顔をロロが披露する。
直後、クリフは顔を真っ赤にしてテーブルに額をぶつけていた。
「あっはっはっはっは! クリフ、こんな少女に負けてどうすんのよ。これじゃあ先が思いやられるわ」
マリーの豪快な笑い声が部屋中に響き渡る。クリフは熱くなった顔を手で覆い、「うっせぇぞデブばばぁ」と小声で返す。
「あらあら、聞こえないわよクリフ。竜狩りになるんだったら、いい加減女性に慣れなさいよ。女の戦士と組むことだってあるんでしょ」
「うっせぇ。ほっとけ」
「だからあたしの見合い話を受けなさいって言ってののよ。相手にはちゃんと女性が苦手だって言ってあげるから」
「よくねぇよクソ。ほっとけよ」
「全くもう……ごめんねロロちゃん。この子、女の人が苦手なのよ」
「うん、そんな感じした。ここまでなのは意外だったけど」
「そうなのよねぇ。触ったり話したりするのはもちろん、近くで見るのも無理みたいなのよ。困ったものだわぁ。これじゃあ生涯独身よ」
「くだらねぇ心配してるんじゃねぇ。お袋かよ」
一生独り身であること。それは竜狩りの戦士を目指したときから覚悟していた。
戦士は人々を守る勇者であるが、その役割故に命を脅かす危険な仕事をしなければならない。竜狩りならばその危険性は格段と増す。つまり、いつ死んでもおかしくないのだ。
もし結婚をしたうえで自分が死んでしまったら、妻を孤独にしてしまう。それを考えると、わざわざ結婚しようとは考えられない。そのうえ若い女性と接すると緊張して身体が熱くなってしまう性質もあって、こと結婚に関しては興味が無くなっていた。
「そんなこと言って……後で後悔しても知らないからね」
「はいはい。そうならないようにがんばり―――」
「そうだ!」
突然ロロは立ち上がって大声をあげる。ロロは驚いているクリフを見て「お礼、何にするか決まった!」と朗らかに告げた。
クリフは気を取り直し、「何だ?」と聞き返す。
するとロロはにこりと笑って宣言した。
「クリフが女性と話せるように協力してあげる。名付けて……女性克服大作戦!」
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