ハナシノブのせい


   ~ 四月六日(金)  銀座 ~


   ハナシノブの花言葉  お待ちしています



 銀座。大人の町。

 そんな場所に興味など無いのかと思いきや。

 携帯片手に、あれこれとお店を回り続けるのは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は大人っぽく、緩めの三つ編みにして肩から前に垂らし。

 薄紫の五枚花びらが大変美しいハナシノブを一輪、耳元に挿しているのですが。


 そんな大人っぽい、銀座に似合う容姿なのに。

 やっていることはウィンドウショッピングのはしごとか。


 付き合ってあげるのも三軒で限界。

 俺だけ離脱して、人目に付かない小さな公園で一休みです。



 女の買い物は長いと言いますけど。

 時間の感覚は人それぞれ。


 彼女たちにしてみれば、それはあっという間の出来事で。

 早くしろなどと文句を言った日には。

 どんな報復が待っているやら。

 想像に難くないのです。



 ――そう。

 時間の感覚。

 東京に来て考えるようになった、時間の意味。


 昨日の晩、おばさんに言われたのですが。

 一度の人生なんだから、時間は質素に使いなさいとのことで。


 要は、無駄なく大切にしなさいという意味らしいのですが。

 ここに答えが隠されているような気がします。


 てきぱきする時はおばさんのように。

 のんびりする時は穂咲のように。


 目の前をせわしなく通り過ぎる人の流れを、公園からのんびりと眺めながら。

 静と動。

 オンとオフ。

 二つの視野を使いこなすことが出来ればいいなと。

 そんなことに気がつきました。



 大通りを挟んで、ふと目に入った穂咲の姿。

 歩き疲れてふらふらで。

 都会の人とはペースもあっていないのに。


 向かう先は、五件目なのか六件目なのか。

 楽しそうに、慣れない携帯の地図とにらめっこしています。


 時間をどう使うのか。

 問題なのは、そこではなく。

 人生をどれだけ楽しむことができるのか。



 それが大事なんだということに。

 ようやく気づくことができたのです。



 俺も、ベンチに腰掛けつつ。

 銀座を楽しもうかと目線を上げれば。


 おしゃれなビル。

 巨大なテレビ。

 行きかう人のファッション、髪形。


 楽しいものが一斉に、目に飛び込んできました。



 穂咲、君は今日を楽しく生きなさい。

 俺も、楽しく過ごすことが出来そうですので。



 背もたれに体を預けて。

 コンクリートに切り取られた青空を見上げると。



 ぴろりろぴろりろ。



 穂咲探知機が鳴り出しました。


 おかしいな。

 今の今まで通りの向こうを歩いていたのに、いつの間に?


 ベンチから立ってきょろきょろすると、


「すわれ」


 そう、冷たい声を背後から浴びせられました。



 ……この声。

 ゆうさんです。



 にわかに冷たい汗が噴き出して。

 背中を伝っていきます。


 まるで死神に背筋を指でなぞられて、品定めをされているかのよう。

 俺はだまって大人しく。

 指示された通り、ベンチへ浅く腰掛けると。


「代理人にしては随分素人だな。……まあいい、そのメロディーが何よりの証拠。ブツは置いていくぜ」


 俺だと気づいていないのか。

 ゆうさんは背後からツカツカと近付くと、歩く速度も落とさずに。

 小脇に抱えるくらいの金属ケースを俺の横に置いて、そのまま町へ消えてしまいました。



 いったいどれくらいの間、こうしていたのか。

 ようやく呼吸をしてもいいのだと理解出来た俺が。

 排気ガス臭い空気を乾ききった喉に通したせいで、ひどくむせ込んでいると。


「風邪でもひいたの? 不養生なの」


 今度は本物の穂咲が現れました。


 ……そんな穂咲は。

 俺の隣に置かれた金属ケースと同じものを手に提げているのですが。


「それ、どうしたのさ」

「知らないおじさんが、代理人とかなんとか言いながら渡してきたの」

「え? もっと詳しく」

「ベルがぴろろって鳴って、慌ててる間にこれを押し付けて行っちゃったの」


 ああ、なるほど。

 何となく分かったかも。


「俺たちのベルと同じ物を使って、仲間の判定をしてたんだ」

「あたし、あんな黒服おじさんの仲間じゃないの」

「そうだね。いかにもヤバそうだし、返しに行こう」


 この間の会話も気になるし。

 こんなの持ってたら絶対にヤバい。


 察するに、お姉さんが置いて行ったのが商品で。

 穂咲が受け取っちゃったのが代金なのだろう。


 ほっといたら、俺たち泥棒だ。


「道久君も同じカバン持ってるの。タブレット?」

「こら、いじりなさんな」


 穂咲の言う通り、タブレットが五、六枚は入りそうな金属ケース。

 その留め金に指をかけましたけど。

 鍵付きだから、簡単には開かないか。


 そう思っていたのに。

 かちりと軽い音が響いて。


 穂咲が、じゃじゃーんと言いながら開いた中から。



 ウレタンに埋もれるように。



 ……拳銃が姿を現しました。



 再び凍り付く背筋。

 呼吸の仕方を忘れた喉が。

 ごくりと硬いつばを飲みこみます。


「…………道久君。これ、本物?」

「そんなわけないでしょう」


 もちろんそう返事をしましたが。

 自分の言葉を肯定する要素が一つもありません。


 黒光りする鉄の塊に手を伸ばそうとする穂咲を慌てて制して。

 静かに金属ケースを閉じると。


「じゃあこっちもモデルガンなの?」


 そう言いながら開いたケースの中身を見て、穂咲が固まってしまいました。


 …………嫌な予感しかしない。


 俺は、自分が受け取ったケースを抱えながらベンチを立って。

 穂咲に並んで。

 そしてもう一つのケースの中身を覗き込むと。



 札束が六つ。

 合計六百万円。



「…………これ、どうしよう」


 穂咲が冷たい苦笑いを向けて来ましたが。

 俺には、返事をすることが出来ませんでした。





 次回! 春休み最後の土日は、

 『TOKYO THE BATTLE CITY』編をお届けです!


 ミステリー、ファンタジー、SFと。

 ありとあらゆるジャンルを思い付きで提供してきた秋立が。

 まさかのハードボイルド・アクションを展開!


 巨大な犯罪に巻き込まれた道久と穂咲!

 二人の運命やいかに!


 ご期待ください!!!

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