フジのせい


   ~ 四月五日(木)  秋葉原 ~


   フジの花言葉  あなたを歓迎します



「メイドさんが、町にあふれているの」

「あふれてはいませんよ。大げさです」


 でも、メイドさん数人が駅前でチラシを配っているのは本当で。

 にわかには受け入れがたいですが。

 秋葉原というところは、テレビで見た通りの場所なのです。


「珍しいの! 可愛いの!」

「頭に藤だなが出来てる人の方が珍しいよ?」


 可愛くはないですけど。


 大興奮のまま、目を輝かせてメイドさんを見つめるのは藍川あいかわ穂咲ほさき

 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、いや、今日は説明済みですね。


「しかし、東京ってとこはほんとにすごいね」

「ほんとなの。いろんなものが楽しいの」


 賑やかで、不思議なものばかりが溢れて。

 そのくせ場所ごとに特徴的だから、自分のスタイルに合ったオアシスを簡単に見つけることが出来る。


 秋葉原なんて、その最たる例じゃないか。

 電脳界と二次元が、現実世界に侵食してしまったような場所。


 実に独特な街なのです。


 しかし、そんな町全体の雰囲気よりも。

 君はピンポイントでメイドさんに釘付けなのね。


 ワンコバーガーで、そのかっこさせてもらったら?


「あたしもメイドさんやりたいの! 先輩に弟子入りなの!」

「君はなんでダメなことに関しては行動力あるの?」


 俺が止めようとする手をするっとかいくぐり。

 猫耳カチューシャを付けた、綺麗なお姉さんに駆け寄って。


「弟子にして欲しいの!」

「えっ? ……えええええ!? やだ! 頭のお花、一体なんにゃ?」


 お姉さん。

 不躾な話よりも、藤だなの方に驚かれていらっしゃいます。


 これでも昨日より低いとは言え、圧倒的なインパクトですよね、藤だな。

 眉根を寄せて後ずさる気持ち、分かりますよ。


 そんなお姉さんに、穂咲はフジをぷらんぷらんさせて頭を下げます。


「お願いしますなの! メイドさんについて詳しく聞いてみたいの!」

「それなら、お嬢様も是非当店に来てみるにゃ!」


 穂咲、笑顔でチラシを手渡されてますけど。

 ていよくあしらわれたのではないでしょうか。


 で。

 そんなに下唇を突き出して俺をにらんだりしても。

 どうにもできませんて。


「客寄せするのがお仕事なんだから。邪魔しちゃダメなのです」

「なるほど、納得なの」

「納得したなら、大人しく観光を……」

「……客寄せなら負けてないの!」


 何を言い出しました?

 などと訊ねる間も与えられず。


 穂咲は再び俺の手をするりと避けて。

 お姉さんから猫耳カチューシャを取り上げると。


 すぽんと被せるのです。




 ……俺に。




「おい」

「彼は客寄せのプロなの。ここは道久君に任せて、お姉さんはあたしにメイドの何たるかを教えるの!」


 チラシまで俺に押し付けて。

 困惑するメイドさんに詰め寄っていますけど。


 やれやれ、仕方ないですね。

 まあ、現在までのご迷惑分、頑張りますけど。

 多分成果はゼロだと思いますよ?



 ――そう、思っていたのに。



 客寄せ開始十五秒。

 お腹を抱えて笑うお姉さん四人組に囲まれたかと思うと。

 一緒に写真を撮ってくれと言われる始末。


「ええと、お店に来て下さいね、お嬢様」

「あはははは! 猫耳似合わなねえな、あんた!」

「ほんと、驚くほど……、ぷぷっ! お店には行くから一枚写真撮らせて!」


 ……ええと、これは。


 バカには、されている。


 でも代わる代わる、俺と腕を組んで写真を撮りはじめるお姉さん方。

 皆さん満足げに、チラシを片手にお店を目指して離れて行かれる。


 バカには、されている。

 でも客引きとしては完璧な仕事。


 そんな集団が、二組目。三組目。


 ひっきりなしに合計十三名のお客様を見送った後、俺は猫耳を外して。

 拍手喝采で出迎える、二人の元へ戻りました。


「少年! すごいにゃ! ある意味!」

「ほんとなの。自慢の道久君なの。ある意味」



 バカには、されている。



 でも、どうにも分からないので。

 俺は一つ、質問してみました。


「穂咲。…………俺は今、どんな顔をしている?」

「多分、一生で一番幸せそうな顔してるの」

「そうか」


 うすうす気づいてはいたが。

 そんな顔してたか、俺は。


 だが、これ以上はまずい。

 何かに目覚めてしまうやもしれん。


 俺は少しだけ覗き見た世界は夢だったのだと自分に言い聞かせながら、心の扉をそっと閉じて。

 数枚だけ残ったチラシに猫耳を添えて、お姉さんへ返却しました。


「なんだか、逸材を発見した気分にゃ」

「そんなこと無い…………。ただの、偶然にゃ」


 結局、メイドのお話をうかがうという当初の目的も達成できていないのに。

 満足げな顔をした穂咲と共に、お姉さんへお辞儀をして。

 いよいよ本格的に秋葉原探索へ乗り出そうとしたその時。


「…………あれは、ゆうさん」

「え? どこなの?」


 遠くに見える迷彩ジャケット。

 間違いない。


 こんなに広い東京で。

 まさか出会うことになるなんて。


「穂咲。……逃げるぞ」

「え? なんで? ……ひにゃ!?」


 強引に穂咲の腕を掴んで、人込みに紛れ。

 背後を警戒しながらも、決して振り返ることなく。


 ひたすら駅へ向かう、そんな俺を。


 穂咲は揺れる瞳で、黙って見つめ続けていた。


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