サクラのせい


   ~ 四月四日(水)  東京スカイツリー ~


   サクラの花言葉  淡泊



 東京に来たならば。

 足を運ばないわけにはいかないと。

 おばさんがチケットを取っておいてくれました。


 でも、当の本人は仕事で来れず。

 二人だけで遊びに来たのですが。


「感想は?」

「きっとこの中に、スナイパーがいるの」

「…………楽しそうで何よりです」


 東京スカイツリーに来ておいて。

 その眺望よりも、人間観察に余念のない藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は昨日よりも細く、高く結い上げて。

 二時間もかけて作られた、六十三・四センチのスカイツリー。


 そこに、斜に突き刺した桜の枝。

 ソメイヨシノが太平を表して。

 まるで日本そのものを顕現したよう。


 そんな穂咲が、あまりにも神々しかったせいでしょうか。

 ……ここに来るまでの間、八回もお巡りさんに声をかけられました。



「武器を隠してないか探ったお巡りさんもいたよね」

「はっ!? ……それなの」

「どれなの?」

「きっと、ライフルを髪の毛に入れてる人がスナイパーなの!」

「まだ探してたのですね、スナイパー」


 明らかに普通の人とは違う楽しみ方ですが。

 君なりに、スカイツリーを満喫しているようで。

 一緒に来れて良かったと。



 ……ちっとも思えませんね。

 


 もっとこう、景色を見ながら感想とか話したいものではありますが。

 でも、穂咲の気持ちも分からなくはないのです。


 俺の視界、すべてを埋め尽くすビル、ビル、ビル。

 裸足で歩いたら痛そうな地表の先には、二センチくらいの山並みが見えて。

 他に見えるものは、空と富士山だけ。


 ……あんまり感動的ではないのです。


 ここまで天高くあがってしまうと。

 身の丈に合わない所に来てしまうと。

 逆に何も見えなくなってしまうという事なのでしょうか。


 あるいは、東京という場所にそろそろ飽きて。

 感想が淡泊になってしまっているのでしょうか。



 春休みのスカイツリーは適度に混んでおり。

 親子連れや学生グループでにぎわっていますけど。


 そんなお客さんをつぶさに観察していた穂咲が。

 むむっ、向こうに怪しい気配を感じるのと。

 おかしな事を言って駆け出しました。


 ……いないからね、スナイパー。

 銃を撃つために窓を開けたら、その場で逮捕されちゃいますから。


 あと、君がまったく気にせず通り越した二人組。

 背中を壁に預けたまま、正面を見たまま会話してるけど。

 彼らの方が断然怪しくないかい?



 俺は溜息をついて、穂咲の向かった方へのんびりと足を進めましたが。

 なんとなく、怪しい二人のことが気になって。


 耳に集中していたら。

 とんでもない会話が聞こえてきたのです。




「では、カネはいつも通り、代理人に渡せばいいんだな」

「いつもとは違う奴が受取りに行く。コイツで判定してくれ」

「……わかった。ブツの受け取りには、うちの若いのを出す」

「おいおい、若造で大丈夫か? オレはサツの厄介になるのは御免……、待て」




 ハスキーな女性の声が、ぴたりと止まりましたが。

 やばい、聞き耳を立てていたのがバレたのかな?


 怖くて二人の方を見ることも出来ず。

 足早に通り過ぎようとしたら。


「てめえ、みちこか?」

「え? …………ゆうさん!?」


 驚きの余り、背筋に雷が走って。

 振り返った姿勢のまま、指一つ動かすことが出来ません。


 不穏な会話をしていたのは。

 とっても意地悪な、榊原さかきばらゆうさん。


 切れ長の瞳の下に。

 印象的な、二つのほくろ。


 それが冷たい光を湛えたまま、俺を射すくめるのです。



 ヘビににらまれたカエル。

 でも、丸のみにされるのは御免だ。


 俺は固まった体を、必死に動かして。

 そこから逃げました。


 走る自分の腕が、足が、まるで他人のものに感じられて。

 おぼつかない足取りで桜の枝を追いかけます。


 そして膨れる穂咲の腕を掴んで、なんとかエレベーターへ滑り込みましたが。


 氷のようなまなざしが、俺の背中を追いかけている気がしました。




 いつまでも、いつまでも追い続けてくるような。

 そんな不安な気持ちのまま、スカイツリーから飛び出しました。


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