サクラソウのせい
~ 四月三日(火) 六本木 ~
サクラソウの花言葉 若い時代と悲しみ
ぴろりろぴろりろ♪
べんりべんり。
まさかこんなおしゃれブティックにいるなんて。
普段なら絶対にいないだろうと見切りをつけて、スルーしていたことでしょう。
「穂咲探知機、ほんとに便利なのです」
「道久君。これ、急に鳴るから恥ずかしいの」
苦笑いを浮かべる店員さんに見つめられて。
探知機を床に両手で押さえつけているのは、
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は頭の上に盛って盛って。
ホステスさん風に高く結ったドリルヘアを。
ピンクのサクラソウで埋め尽くしています。
……ここまで突き抜けてバカっぽいと。
逆に恥ずかしく見えないから不思議です。
「早く電源切るの」
「ああ、はいはい」
機械がまるで苦手な穂咲は、おもちゃのスイッチを切る方法が分からず。
都度、俺の方のスイッチを切って音を止めているのですが。
しかし、ちょうちょを捕まえたわけでもないでしょうに。
こんな高級そうなお店で、みっともないったらありません。
「俺でも知ってるようなブランドショップでなにをしていますか」
「ママの好きなブランドなの。なにか買ってあげられるかなって」
「君のお財布で買えるもの、ひんしゅくくらいだと思いますよ?」
さすが高級ブティック。
俺の渾身の返しを聞いても、数人が一瞬ぷぷっと笑っただけですぐに元通り。
悔しいから、もっと面白いこと言ってあげようかしら。
穂咲の腕を引いて立ち上がらせながら。
俺は、自分の中に眠る芸人魂をはじめて体感するのでした。
本日訪れているのは、六本木ヒルズというところ。
ここは、ようやく東京に慣れてきたと思っていた俺たちに。
やっぱり田舎者なんだと思い知らせてくれる土地でした。
と、言いますか。
年齢的にも、ちょっと場違い。
お昼を食べようとレストランを覗いてみても。
おしゃれ過ぎて、慌てて逃げ出したほど。
俺たちには十年ばかり早すぎたようです。
「カッコいいけど、もっととっつきやすい場所だと思ってたの」
「ああ、それは俺も思ってた。そしてそう思った理由も、きっと同じだと思う」
カッコいいけどとっつきやすい。
この土地と同じ名を持ったイケメンを思いながら。
キラキラに着飾ったビルを歩けば。
「…………おかしいだろ」
今の今まで会話をしていたはずの穂咲がどこにもいません。
やれやれ、困った奴です。
仕方がないので、再び探知機をスイッチオン。
すると、さっきのブティックと逆の側からぴろりろと音が聞こえました。
「道久君。これ、心臓に悪いの」
「君のイリュージョンの方が心臓に悪いです」
「あと、恥ずかしいの」
「それはちょっと分かるのですが、便利なので」
穂咲が姿を消すということは、興味のある物を見つけたという事なので。
電話をしても、出てくれやしないのです。
その点、探知機は便利。
よっぽど恥ずかしい目に遭わせなければ。
謝る必要もないでしょう。
「ちょこまか動かないでくださいな」
「そうは言っても、これもママの好きなブランドなの」
そう言いながら、ウインドウ越しに店内を覗いていますけど。
こちらも先ほどと同じです。
買うことが出来るのは、失笑くらいでしょうね。
現に、目についた値札に書かれた数字と言ったら。
今日の俺の服装が、百セット買える計算になるのです。
「俺たちには百年早いです。また来世紀になってから来よう……、って、また消えた!」
さすがに開いた口がふさがりません。
そしてスイッチを入れても反応なし。
「ええい、余計な時だけ足の速いやつ!」
しかし、文句を言っても始まりません。
俺は探知機をオンにしたまま、あちこち走り回ると。
ぴろりろぴろりろ♪
やっと見つけた!
この辺りにいるということは……?
「ひにゃー! うるさくしてごめんなさいなの!」
………………エコーがかかった聞き慣れた声。
聞こえた先は、女子トイレ。
とりあえず、憤怒の化身となって現れる穂咲を想定して。
土下座のままでお帰りをお待ちしました。
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