クローバーのせい


   ~ 四月二日(月)  葛西 ~


   クローバーの花言葉  幸福



 まさか東京にこんなところがあるなんて。

 本日訪れているのは、葛西臨海公園というキャンプ場。

 東京湾を一望しながらバーベキュー。

 しかもテントでお泊りなんて。

 都内だというのに。

 ちょっと信じられません。


 珍しく、早く仕事を終えたおばさんに呼び出されて。

 電車でたった三十分ほど移動すれば。

 海辺のリゾートを心ゆくまで堪能できるのです。


 そんな広場の中心で。

 煌々と灯る炭でおいしく焼けた、お肉ばかりの串を。

 味見と称して半分程食べてしまったこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を。

 天女風に、頭の上で二つの輪っかにしたうえで。

 耳の下にも二つの輪っか。

 歩く四つ葉のクローバーなのです。


 そんな豪快な髪形に反して。

 本日は、どこにもお花の姿は無く。


 四つ葉のクローバーがひとつ、穂咲のおでこにテープで止められていますけど。

 おばさん、これを千円で買って来たというから驚きなのです。

 地元じゃそこいらじゅうに生えているというのに。



「そもそも、四つ葉のクローバーを売ってるって時点で驚きだ」

「東京だって探せばいくらでもあるんだけどね。探す時間と手間をお金で買ってるってわけよ」

「なるほどね。……これ、いいバイトになりそう」

「そうかしら? 需要があんまりないんじゃない?」


 おばさんが、穂咲の串からお肉を取り分けながら言いますが。

 確かに、どこかでクローバーをもいで、それがしおれる前に売りきるなんて。

 商売としては難しそうなのです。


「それにしても、どこにでも生えるものが商売になるとは」

「そうね。東京じゃ、自然が売り物になるわね」


 おばさんはビールを口にしながらパプリカを網に並べて。

 そして、トングで公園中をぐるりと指し示します。


 自然が売り物?

 どういうことでしょう?


「地元の駅前、木も土もないでしょ?」

「そうですね。その方が都会っぽい。……あ」

「気が付いた?」

「あれ? 東京の街中、至る所に木が生えてる気がする」

「そうよ。東京じゃ、どこでも緑が見える。あれはもともと生えてるわけじゃなくて、よそから持ってきて、植えて、捨ててるの」


 繁華街。

 高層ビル。

 巨大な駅。


 よくよく思い出してみれば、至る所に木が植えられて。

 ……でも。


「それを自然と呼ぶ?」

「緑、とは呼ぶわね」


 少しあぶったアスパラガスを美味しそうに頬張るおばさんの言い方だと。

 やはりそれを自然と呼ぶには無理がある、という事なのでしょう。


 もともとあった自然を全て破壊して。

 アスファルトとコンクリートで、街を塗り固めて。

 だというのに、わざわざ花壇を作って木を植えるなんて。



 一体、都会の人はなにをしたいのだろう。



 自然について、ばかりでなく。

 ゆうさんから教わった、時間についても。

 東京に来なければ考えもしなかったことだ。



 どちらも、ちょっと考えたくらいで答えなんか出やしない。

 いや。

 そもそも答えなんかあるのだろうか。


 星がまばらにしか見えない、青に灰色が溶け込んだ都会の夜空を見上げながら。

 大切な問題に答えを出そうとしていたら。


 おばさんが、ふふっと優しく笑って。

 なにやら答えの片鱗をくれたのです。


「やれやれ。こっちに来て、やっとマイペースを取り戻せた気がするわ」

「ええ!? そんな呑気に仕事してるの?」

「逆よ。一瞬も気を抜けない。毎日が戦争」

「……それが、おばさんのマイペース?」

「そゆこと。……で、一仕事終わらせて、お酒を飲みながらお花を見るのがおばさんのペース」


 穂咲に背中からぎゅっと抱き着いて。

 楽しそうに微笑むおばさん。


 まあ、マイペースって言葉はのんびり行こうという意味に使われがちですが。

 確かに直訳すれば、その人のペースってことですよね。


「俺にはついて行けそうにないですね、そんなペース。もちろん穂咲も」

「なに言ってるのよ。ほっちゃん、あたしにそっくりなペースじゃない」

「うそだ。たまにこいつが植物なんじゃないかと思うときあるのに」


 そいつ、一時間の間に一センチくらいしか動かないこと、よくあるよ?


 俺が口を尖らせると、おばさんは穂咲の顔の横から手を伸ばして。

 人差し指をちっちっちと振るのです。


「絵を描く時とか。あと、お料理の時」

「……ああ、確かにその二つの時は信じがたい速度で動きますね」

「ほっちゃんは目玉焼きやさんになるんだから。きっと朝から晩まで高速回転よ?」



 …………ほんとだ。



 ちょっと想像がつかないけど。

 実際やらせてみると。

 連日、朝から晩まであのスピードで動いていそう。


 俺はなぜだか急に、穂咲に置いて行かれた心地になりながら。

 それでも、こいつが連日がしがしお仕事をしていたら、体を壊してしまうのではないかと心配になるのでした。



 不思議な土地で。

 不思議な教訓。


 この東京旅行は、なにが夢か現実か。

 正解なのかウソなのか。

 よく分からなくなることの連続です。



 おばさんにとっては地元ということで。

 口にはしませんが。


 何かが間違っていると感じるのは。

 俺が、田舎者だからなのでしょうか。


「二人は、東京には慣れた?」

「もうすっかり都会人なの」

「どの口が言いますか。俺たちは間違いなく田舎者です」

「そんなことないの。このキャンプ場までだって、迷わずに来れたし」

「それは携帯のおかげでしょう。田舎に住んでるとは言え、現代人なことに変わりは無いしね」


 乗り継ぎはおろか、どの階段を使えばいいのかもすぐ分かる。

 携帯って便利なのです。


「じゃあ、そんな現代人にプレゼント。ちょっとはぐれた時に便利だから」


 そんなことを言いながら。

 やたらとボタンの少ない小さなリモコンのようなものを二つ。

 俺に渡してきたのですが。


「スイッチ入れてみなさいな」


 言われるがまま。

 両方のスイッチを入れると。



 ぴろりろぴろりろ♪



「……なにこれ。アラーム?」

「その機械、二つ近付けるとメロディーが流れるのよ」

「まさか」


 試しに、一つを穂咲に持たせてから遠くまで走って。

 ゆっくり近付くと。



 ぴろりろぴろりろ♪



「へえ! これ、凄いですね!」

「ほんとなの! 最先端技術なの!」


 これがあれば、人込みで穂咲を探すのが楽になる。

 画期的な機械だなあ……。


 感心しながら、穂咲と一緒にはしゃいでいたら。

 おばさんが、ひきつった苦笑いを浮かべました。


「二人とも、ほんとに現代人?」

「失礼な。田舎者ですけど、現代人です」

「そうなの。こんな最先端マシンも簡単に操作できるの」

「……道久君。裏に書いてある製造年見てみなさいよ」


 ん?

 製造年?


 手の平でリモコンをころんと裏返して。

 ラベルの文字を確認してみたら……。


「1998年!?」



 …………。



「大昔のおもちゃを最先端技術とか言わないでね?」

「道久君、現代人じゃないの」

「君もです」

「あと、田舎者なの」

「うるさい」



 こいつはショック。

 田舎者な上に、現代人の称号まで取られてしまいました。


 ちびちびとかじるパプリカが苦いのは。

 焦げてしまったせいということにさせてください。


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