ゴボウのせい
~ 三月二十九日(木) 浅草 ~
ゴボウの花言葉 いじめないで
本日訪れているのは浅草。
浅草と言えばもちろん。
ラーメン屋。
「なんでやねん」
「あん? オレの東京案内に文句でもあんのか?」
俺と穂咲の前に並ぶ迷彩柄のジャケットは。
とっても意地悪な、
切れ長の瞳の下に。
印象的な、二つのほくろ。
不思議な魅力をお持ちの方ではありますが、口を開くとこの通り。
「
「むう! ママがセットしてくれたのをバカにしちゃダメなの!」
……いつものように。
穂咲をいじめては、めんどくさそうに押さえつけるのです。
とは言え、今日は頭を押さえつけるのが無理なようで。
肩を掴んで動きを封じているのですが。
軽い色に染めたゆるふわロング髪を頭のてっぺんでお団子にした
そこに、紫のごぼうの花を四方八方からたくさん挿しているため。
とてもじゃないですけど頭を押さえるわけにはいきません。
アザミにそっくりなトゲトゲのお花が十数本、ゆらゆらと揺れて。
防御力は絶大。
でも、ゆうさんの言う通り。
今日はとことんバカにしか見えないのです。
それにしましても。
せっかく浅草に来たのですから、雷門とか見たかったのですが。
「なんでラーメン屋?」
しかも、すっごい行列。
ラーメン屋にこんな行列ができるなんて。
地元じゃ見たこと無いのです。
……來來軒のおじさんに見せたら。
てやんでいって暴れちゃいそうなのです。
「ねえ、あたしおなかすいたの。そこの定食屋さんでいいの」
「『激辛亭』ってなにさ。俺は無理です。来る途中にあった天丼屋さんでどう?」
「どんぶりからはみ出して豪快だったの。でも、ここが一番近いご飯屋さんなの」
一歩も譲る気のない穂咲ですが。
俺もお腹と背中が今にもくっ付きそうで。
この際、あと何十分待っていたら食べることが出来るのか微妙なラーメンやさんよりも『激辛亭』の方が幾分ましに思えてきました。
でも、そんな俺たちに。
「てめえらは何にも分かってねえな」
ゆうさんが、腕組みをしながら振り向いてにらむのですけど。
列、進んでるから。
ちゃんと前を見ましょうよ。
「これほど並ぶ店のラーメン、食いてえとは思わねえのか?」
「ちょっと興味あるの。でも、おなかぺこぺこなの」
「もう二時ですしね」
「それは、てめえらがちんたらしてんのが悪いんだろうが」
そんなこと言われましても。
不案内な場所だから、待ち合わせ場所にたどり着くまで、これでも頑張った方なのです。
しかも、穂咲は面白そうなものを見つけると動かなくなりますし。
「まあまあ。ちょっと遅刻したぐらいで怒らないでください。穂咲も、もうちょっとだけ我慢しようよ」
俺が大人なところを見せて場を収めてみたのですが。
思いの外、効果は薄く。
ゆうさんは、怒り顔を通り越して冷たい表情を浮かべるのです。
「そんな発想は大人の世界じゃ通用しねえ。遅刻なんかしたら、せっかくのチャンスを棒に振ることになるんだ」
「そんな大げさな」
「この店は昼前に店を開けて、二時過ぎにはスープが無くなって店を閉めるんだ。繰り返し言うが、チャンスを掴むためには早く行動するようにしろ」
…………なるほど。
今まで、大人から何度も教わってきた言葉ですけど。
ようやく正しく理解できた気がします。
もちろんビジネスの、大人の世界について話してくれたことなんだろうけども。
もしもこのラーメンが俺の人生を変えてしまうほどのものだったとしたら。
穂咲に合わせてのんびりだらだら歩いたせいで。
出会えなかったかもしれないんだ。
……そして、そんな教訓を。
お店から出てきた店員さんが、申し訳なさそうな表情で俺の身に沁み込ませてくれたのです。
「3、2、1と。……本日はこちらのお客さんまでで終了です! またのご来店をお待ちしております!」
店員さんが引いた線は。
ゆうさんと穂咲のちょうど間で。
「なんだ、ついてねえなお前ら。そこで激辛マーボでも食ってけよ」
そう言いながら背中を向けるゆうさんと俺たちの間に差し込まれた手が。
まるで、都会人と俺たちの生き方の違いについて引かれた、仕切り線のように思えたのです。
「……なんか、すごく悔しい」
「タイムイズマネーだ。よく覚えときな」
ほんとにそうだ。
俺は、生き方を見直すべきなんだ。
四方へ散っていく皆さんを背に感じつつ。
胸に刻んだ大切なこと。
時は金なり。
「……道久君。あたしたち、いいこと教わったの」
「そうだね。機会を手に入れるためには、時間を大切に使わないと」
「そうなの。だから、一番近いところでご飯を食べるの」
…………。
俺は、本日二つ目の教訓を。
このお店で学ぶことになったのでした。
武士の情けです。
教訓の内容と、俺の情けない悲鳴の理由については。
何も聞かないでください。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます