ニセアカシアのせい


   ~ 三月二十八日(水)  池袋 ~


   ニセアカシアの花言葉  友情



「くち」

「むぐっ」


 ……かれこれ三十分。

 連日通り、口をぽけっと開きっぱなしで。

 頭上を見つめたまま動こうとしない藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日はローツインにして。

 頭の上には、白いニセアカシアのお花をちりばめているのですが。


 そんな頭を後ろから見ると。

 両手を下ろしたペンギンにも似て。


 ちょうど君が見上げているものと、見間違えそうになるのです。



 本日は、サンシャイン水族館というところに来ているのですが。

 通路の周りにプールが作られていて。

 泳ぐペンギンを、横から、下から、眺めることが出来るのです。


「ペンギンが、空を飛んでるの」

「……くち」

「むぐっ」


 注意しないと、すぐに穂咲の口が開いてしまうのも。

 ちょっと頷けるほどの光景で。


 ペンギンたちのその姿。

 泳ぐというよりも、まるで空を飛んでいるよう。


 さすが鳥類なのです。



 穂咲を真似て。

 ずっとペンギンを見上げる人もちらほらと現れるのですが。


 皆さん、数分も見上げていると飽きて。

 先へ進んでしまうのです。


 でも、こいつは飽きることなく。

 ずっと、ぽかんと見上げ続けて。


「くち」

「むぐっ」


 きっと、この幻想的な世界を堪能しつつ。

 想像の翼を広げているのでしょう。



 東京へ来てから昨日まで。

 目まぐるしい体験ばかりしてきましたが。

 今日は、俺たちにぴったりな。

 のんびりとした時間を楽しむことが出来ました。


「…………あの子」

「ん?」


 そんなさなか。

 穂咲が一羽のペンギンを指差します。


「みんなから、遅れてる子がいるの」


 なるほど。

 六羽のペンギンが群れを成して泳いでいるというのに。

 みんなから遅れている子がいるのです。


「ちょっとアウトローな子なのかも」

「そんなこと無いの。ほら、お友達が気にしてるの」


 言われてみれば。

 その子を振り返りながら、泳ぐペースを落とした子が現れました。


 でも、この図柄。

 とっても見慣れたものとオーバーラップ。


「穂咲を心配して歩く俺みたいだな」

「……言われてみれば、そんな感じがするの」


 頭上を見つめる俺の耳に。

 くすりと笑い声が届きました。


「じゃあこいつの名前はホサキンちゃんだ」

「それなら、もう一匹はペチヒサ君なの」


 二人して、くすくすと笑いながら。

 二羽のペンギンを見つめながら。



 声あて開始なのです。



「ほらホサキンちゃん、置いてくぞ」

「待つの、ペチヒサ君。膝がちょっと痛いの」

「……どこが膝?」


 ペンギンにそんなのあるの?

 まるで分かりません。


 でも、呆れた俺に合わせるかのように。

 前を行くペチヒサ君が、少しペースを上げました。


「待つの」

「ええい、グダグダ言ってないでちゃんと泳ぎなさいよ」

「ダメなの。尺骨茎状突起しゃっこつけいじょうとっきも痛いの」

「今度はその言葉が解りません。なにそれ」

「ここ。手のくるぶし」

「手にくるぶしなんか……、ああ。あるね」


 手首の小指側。

 ポッコリ出た骨。


「これが?」

尺骨茎状突起しゃっこつけいじょうとっき

「覚えられません」


 そんなやり取りにあわせて、二匹のペンギンが近付いて。

 まるでお互いの手を握るかのように触れ合わせます。


 もちろん、しゃこなんとかなど、ペンギンには無いでしょうけど。

 俺たちの声に合わせて、手首を確認し合っているように見えて。


 なんだか楽しくなってきました。


「ペチヒサ君は、いつもそうやってあたしを待っていてくれるの」

「まあね。そうしないと、ホサキンちゃんだけ群れからはぐれちゃうから。ほら、そろそろ戻らないと、ごはんが貰えないよ?」

「それは一大事なの!」


 穂咲が楽しそうに叫ぶなり。

 またもセリフにリンクして。


 ホサキンちゃんは、あっという間に群れに合流したのです。



 ……ペチヒサ君を置いて。



「おい」

「あたしは知らないの」

「待っててあげたじゃないですか」

「ホサキンちゃんがやった事なの」


 ホサキンちゃんが、群れと一緒にスイスイ泳ぐ姿を見送ったペチヒサ君は。

 一人群れから外れて、水槽の外へ出て行ってしまいました。


「きっと、一人で立ってるの。情けないの」

「俺は知らないよ」

「いつも立たされて、みっともないの」

「ペチヒサ君がやったことです」



 とは言え、同情を禁じ得ないのでした。


 ペチヒサ君に、幸あれ。


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