コンロンカのせい


   ~ 三月二十七日(火)  上野 ~


   コンロンカの花言葉  神話



 本日は、上野。

 とくれば、パンダ。


 午前中一杯、たっぷりとパンダを堪能してご満悦なこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき

 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は猫耳型に結って。

 そこにコンロンカを挿しているのですが。


 白い、花びらのようなガクの中に、黄色い小さなオシベのような花を咲かせる不思議なコンロンカ。


 もっとも。

 この猫耳ヘアーの方がもっと不思議ですけど。


 おばさん、久しぶりの現場で腕が上がっているものとお見受けします。



 さて本日は、上野。

 とくれば、パンダ。

 とくれば、次はもちろん。



 ミリタリーショップ。



「なんでやねん」


 俺の突っ込みに、穂咲は首を傾げていますけど。

 結構不思議な状況ですからね、これ。


 ……まあ、君の頭ほど不思議ではないのかもしれませんが。



 さて、帰りたい気も半ばといった心地ですが。

 やむを得ません。

 入りますか。


 俺の重たい足取りを分かってくれたよう。

 ずいぶんゆっくり自動ドアが開くと。

 カウンターの向こうから、ハスキーな声が聞こえてきました。


「なんだよ、ほんとに来やがったのか」

「……じゃあ帰ります」

「そうはいかねえ」


 芝居がかったいやらしい表情を浮かべたお姉さん。

 リモコンを操作して、自動ドアにシャッターを下ろしてしまいました。


「お客様のハートを、がっちり捕まえるオレの秘密兵器だ」

「お姉さんの両手が、がっちり捕まるから。お巡りさんに」


 昨日再会したお姉さん。

 別れしなに、お姉さんが店長をやっているお店があるということで、強引に誘われたのですけど。

 『パープル・ハート』というお店の名前からは、想像もつかなかったのです。


「まさかミリタリーショップだとは思いませんでした」

「なに言ってんだよ、まんまじゃねえか」


 さも当然とばかりに言われたので、携帯で検索すると。

 確かに随分勇敢な勲章の呼び名らしいですけど。


 知らんよ。


 店内に飾られた剣呑な商品。

 銃とか軍服とか、ずらりと飾られていますけど。


 正直興味がないので、何とも言えない心地でいる俺とは対照的に。

 穂咲は嬉々として商品をいじって歩くのです。


「やっぱり東京なの。危険が一杯なの。ここで武器を買っておかないとひどい目に遭うの」

「作りものですよ。ねえ、榊原さかきばらさん」


 俺が、お姉さんの名を呼ぶと。


「ゆうだ」


 お姉さんが、カウンターからめんどくさそうに出て来て。

 穂咲の後ろに立ちながら言いました。


「ああ、えっと、ゆうさん」

「それで良いぜ、みちこ」

「こっちはそれで良くないです」


 この人、昔の記憶そのまんま。

 意地悪なお姉さんのまま大人になってしまったようで。


「お前、なんかなよなよしてっから、みちこな」


 そう言いながら、穂咲の頭から花を抜いちゃいました。


 膨れて暴れる穂咲を。

 うるせえなあとあしらっていますけど。

 ほんとに意地悪な人なのです。


「むう。せっかく楽しかった気分が台無しなの!」

「バカだなあ咲太郎さくたろうは。人生なんて、思ってるより短いもんだ。どんな時でも楽しまねえと」

「お姉さんが楽しいと、あたしが楽しくないの!」

「ひでえこと言いやがる。……で? なんで楽しかったんだよ」

「パンダ見てきたの!」


 今の今まで膨れていたのが。

 ぱあっと笑顔になりながら、両手をぽふんと打ちましたけど。


 それも一瞬の事。

 お姉さんの切り返しに、再び頬を膨らませるのです。


「あんなもん見て楽しいか?」

「楽しいの! やっぱり意地悪なの!」


 ゆうさんの意地悪は、何と言いますかやさしさが無くて。

 パワーショベルのお兄さんとは違う系統なのですけど。


 穂咲にどってはどちらも同じ。

 ムキになって抗いたくなる敵なのです。


「じゃあ、この銃で攻撃されたくなければ意地悪はやめるの!」

「バカだな。そこいらにある銃はニセもんだよ」

「むう! じゃあ、鈍器として使うの!」


 ああもう、危ないなあ。

 ライフルみたいな銃を振り上げてますけど。

 でもゆうさんは、全く動じることもなく。


「その場合、お買い上げってことになるが。良いんだな?」

「悪を滅ぼすために、多少の出費はやむを得ないの。意地悪お姉さんを皮切りに、世界中の悪をこの銃で滅ぼすの」

「すげえな。伝説になるぜ」

「伝説どころじゃないの。あたしは神話になるの」


 ふふんと鼻を鳴らして銃を構え直した穂咲ですが。

 最初の悪に、あっさり負けました。


「じゃあ、二十五万円になります」

「………………藍川先生の次回作にご期待ください」


 しおらしく、丁寧に。

 ゆうさんへライフルを返却する穂咲なのでした。


「レプリカでもそんなにするんだ。びっくりです」

「ああ、お前らには百年はええ。だからその辺のTシャツでも買っていきな」

「ちょっと待って。まさか何か買うまでシャッター開けない気?」


 俺の顔を見ながらニヤリと笑ってますけど。

 冗談じゃないよ。


 念のためにTシャツを見てみましたけど。

 どれもこれも、迷彩柄ばかり。


「なんで一種類しかないの? もっと明るい色がいいの」


 穂咲も俺に並んで手に取りながら。

 ゆうさんに文句を言いますが。


「ドンパチやってる森の中でピンクのTシャツ着てたら、いい的だろ?」

「……なるほどなの! 保護色なの!」


 こいつの琴線、いまだに分からないのですけど。

 穂咲は急に笑顔を浮かべると、吊るしのTシャツを体に当て始めました。


「なにが気に入ったのさ」

「神様がね、動物はなるたけ見つからないように色を塗ったの。それが保護色なの」

「…………パンダも?」

「もちろんなの。中国はきっと水墨画のような、白と黒の国なの」


 そんなバカな。


「それで、君も保護色になりたいと」

「そうなの。この東京ジャングルで生き抜くためには必須なの」

「……東京じゃ、逆に目立ちますが」


 ががーんって。


 ……よろよろって。


 ほんとバカね、君。


「これであたしは一生、新宿御苑から出れなくなったの」

「迷惑です。閉園時間になったら出なさい」



 結局、明後日また会うという約束と。

 一品お買い上げという条件で、俺たちは解放されたのですが。



 この人、さっき。

 そこいらにある銃「は」、ニセもんって言ってたよね?


 ……………………。


 ははは。

 まさかね。




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