アザレアのせい


   ~ 三月二十二日(金)  渋谷ハチ公前 ~


   アザレアの花言葉  私のために



 恐らく日本人にとって最も有名な「待ち合わせ場所」。

 だから当然。

 溢れかえる人、人、人。


 聞こえてくるのは、


「わりい、探したぜ!」


 とか。


「今日は混んでるからしょうがないよ。行こう!」


 とか。


 確かにこれほどの人がいれば。

 すぐに探し出すなど、できるはずないよね。


 でも俺たちは、すぐに会えるわけで。


「……まったく探す手間がありませんでした」

「当然なの。さあ、行くの」


 美しい、桃色のアザレアを頭にたっぷりと活けた待合場所。

 便利なこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日はハーフアップにして。

 頭一面にアザレアが植え付けられて、まあ美しい事。


 そんな穂咲が移動すると。

 ぞろぞろと周りの人も付いて来るのですが。


 どういうことかと振り向けば。


「今日はすぐ会えた。……いい目印ね」

「ピンクの花って何のことかと思ったけど、分かりやすいな」


 なるほど、ランドマークになっていたようで。

 それが移動を開始した件につきましては。

 ご面倒をおかけします。


「後ろばっかり見て、どうしたの?」

「君は気づいていないようですが」

「うん」

「今、穂咲は、ハチ公を上回る存在になったのです」

「ふうん」


 興味なさげに返事をした、移動式待ち合わせ場所が。

 巨大な交差点で立ち止まりましたが。


 信号が青に変わっても、ぽけっと口を半開きにしながらビルを見上げたままで。

 後ろにいた皆さんが迷惑そうにしながら俺たちを追い越していきます。


「ちょっと、何やってるのさ」

「……あのね、道久君、聞いて欲しいの」

「下らない話だったら怒ります。通行の邪魔ですし」


 俺たちへ振り返る皆さんに頭を下げながら。

 怒る準備を整えます。


 どうせ、バカなこと言い出すんでしょ?


「渋谷に来ると、語尾が『だべ』になりそうになるの」

「………………わかる」


 田舎者気質が染みついていると言いますか。

 妙な劣等感が、勝手に語尾を『だべ』にしようとするのです。


「これからファッションビルに突入するけど、田舎者なことしたら助けて欲しいの」

「どうやって?」

「『ずら』って言って欲しいの」

「…………上書いて、消せと?」


 真剣な表情でうなづきますけど。

 俺が恥をかきますので却下です。


 自分の事しか考えていない保険を手に入れた穂咲は。

 それでも俺の背中に隠れるように、ファッションビルに入ります。


 でも、十歩も歩かない間に足を止めてしまいました。

 確かにこれはちょっと、君には無理ですね。


 びかびかな店内。

 大音量の音楽。


 穂咲のセンスには合わなそうな品が並んで。

 穂咲のテンポでは到底追いつくことが出来ない会話が飛び交います。



 ……まあ、どういうところか分かりましたし。

 充分でしょう。


 そう思って、帰ろうとしたら。

 キラキラした芸能人のような女の子が、穂咲に声をかけてきました。


「なにそのお花! ちょーいけてる!」


 まあ、確かに活けてますが。


「あなた可愛いわね! ねえ、今日はなに探しに来たの?」

「あ、あう……」


 目の前のお店から出てきた店員さんだったのか。

 でも、その勢いで責めても無駄ですよ、北風さん。


 旅人が、コートをギュッと着込んだのと同じ状態。

 穂咲は俺の背中に隠れてしまいました。


「きゃはは! なに緊張してんのよ! うちはトップスが可愛いのよ! ちょっと合わせてみる?」

「い、いえ……、あたしは……」

「うんうん! あたしは?」

「ここ、有名なビルだから……」

「うんうん!」

「眺めに来ただけだべ」

「……だべ?」


 ああ、言っちまった。


 穂咲は恥ずかしくなったのか。

 俺の上着に顔をうずめてしまいましたが。

 意外にも、ドン引きするかと思っていた店員さんは。

 両手を叩いて大はしゃぎし始めたのです。


「きゃはは! おもしろ―い! なに今の、わざと? あたし気に入っちゃったよ! こうなったらあなたに最高に似合うの選んじゃうんだから!」

「うう……、だべ」


 穂咲の顔を覗き込むように。

 店員さんが猛烈アピールして来るので。

 俺がなんとかしないといけません。


 でもこの店員さん、ほんとうにぴかぴかで。

 まるで芸能人さんのようで。

 こんな人とお話しなんて、緊張するのです。


「お、おね、おねえさん!」

「ん? なになに? お姉さんだよ?」

「あの、今日は俺たち……」

「うんうん、君たち?」

「ここ、有名なビルだから……」

「うんうん!」

「……眺めに来ただけずら」



 …………お姉さん。


 爆笑。



 そして、お腹を抱えながら俺の肩をバシバシ叩く彼女は。

 穂咲を置いて、俺に商品を勧めだしました。



 もちろん、断る勇気もない俺は。

 革のネックレスを下げて、お店を後にすることになりました。



「……ちゃら男っぽいの」

「いいえ。ちょろ男です」

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