「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 9.5冊目!

如月 仁成

予告編 カルミアのせい


 ~ 三月二十一日(水祝)  ここはどこ ~ 


   カルミアの花言葉  大きな希望



「うそなのー! かれこれ三十分は歩いてるの!」


「これは一体……、どうなっているんだ?」



 これは現実なのか。

 非現実なのか。


 どこまで歩いても、同じ景色が現れるなんて。



「間違いなくあのコンビニは通り過ぎたの!」


「ああ、間違いない。……俺たちは既に『囚われ』ているのか?」



 太陽の光さえ届かない地下通路。

 両の壁を埋め尽くす雑多な店舗。

 有り得ないほどの人が、まったく同じ速度で、左側通行で行き交う。


 その潮流の狭間に、俺たちは立ち尽くしていた。



 背中を伝う冷や汗が。

 心の体温を拭い去りながら、つうと滑り落ちる。


 俺たちは、知らぬ間に特異点を越えてしまったというのか。

 ループする箱庭へと落とされてしまったのだろうか。



 膝から崩れ落ちた穂咲へ声をかける者もなく。

 人の流れは無機質に俺たちを避けて、かかとの音だけを置いていく。


 ただ虚ろに。

 過ぎ去る時間よりも速く足を運ぶ人たちに。

 間違いなく、俺たちの姿は映っていない。



「これが……、魔都の結界なのか?」


「うう。もう一生、ママには会えないの……」


 硬い、作り物の地面に両手を突き。

 穂咲は涙する。


 だが。

 その悲痛なつぶやきが。



 俺の心に火をつけた。



 ……諦めてなるものか。

 きっとここから脱出してみせる。



 覚悟が、俺の理性をかみ砕き。

 野生へと取って代わったのだろうか。


 俺は穂咲の手を強引に掴んで立ち上がらせると。

 再び、携帯の画面へ目を落とした。



 何度見ても。

 ずっと変わらない。


 そこに表示されている

 『東京駅構内』

 という結界を越えるため。


 ……俺は、悲鳴を上げ始めた足へ鞭を打ちつつ。

 力強く、一歩を踏み出したのであった。


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