誰も読まない小説
Kan
第1話
誰かが読むものと思ってペンを取れば、口から吐き出す会話と同じで、どう足掻いたところでそれは嘘でしかない。誰も読まない時間に、誰も読まないものと思って、小説を投稿したならば、本音が吐けるのだろうか。そんなことを頭で考えている内には、思考というものが、自分の感覚を抽象化してゆく。そうなれば、これはやはり嘘である。
それでも、誰も読まない小説と題し、形もない、夢で見たような幻を自由に描いてみたならば、それも自分にとってはなんらかの意味を持つのだろう。勿論、そんなうわ言の断片のようなものが、誰かに価値をもって迎えられることもないというのに。
これはそんな天邪鬼な思いにかられて、夜半に描いた物語である。
*
雨の日のことである。河童がおった。ざあざあざあざあと降りしきる雨には隙間もなかった。その中に河童がぽつりとひとり。
河童は泣いておった。河童は子供を見失ったと言って泣いておった。
河童は母親だった。
母親の河童は子供を連れて、川から這い上がって、ここまで来たのだった。
河童の母親は、子供に見せたいものがあった。
雨の日のことで、皿が乾く心配もなかった。だから、母親は子供を連れて、じゃぶじゃぶじゃぶじゃぶと水溜りを踏みしめて歩いてきた。
河童の母親は雨の中で、一寸先も見えなかった。
気づいたら、河童の子どもはどこにもいなかった。
母親は、いてもたってもいられなくなって、人間のいる民家へ走った。
人間は河童を見て、化け物だと騒いだ。
人間は泣いている河童の母親を寄ってたかって殺した。
河童の子どもはどこにいったのか分からない。
河童の子どもは、雨のなかで泣いていた。
*
殺戮の斧を振るうのは誰か。子どもを隠した雨は何か。何故河童は殺されたのか。化け物とは何か。
今日も誰かが泣いている。
僕たちはこの河童と変わらない。
でも、河童を殺した人間たちも僕たちだ。
子どもを隠した雨も僕たちだ。
這い上がってきた川も僕たちだ。
踏みしめた水溜りも僕たちだ。
殺された河童の母親も僕たちだ。
雨のなかに一人残された河童の子どもも僕たちだ。
じゃあ、母親が子どもに見せたかったものってなんだ。
誰も読まない小説 Kan @kan02
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