列車
Kan
本編
ある日、思いつくままに列車に乗って、一人で遠く忘れられた地に赴こうと思った。それは別段、孤独を求めたのではなく、そこに何かしらの出会いがあると思ったからだ。
ホームで列車を待ち、それに乗ってひたすら田舎へ向かった。いつの間にか、名前も聞いたことのない田舎町の駅まで来ていた。またも扉が閉まり、列車は走りだした。
長い列車の旅は、右から左へと流れゆくゴトンゴトンという音が妙にわびしく感じられた。わたしはちょこなんと椅子に座って、車内を眺めたが、わたし以外に乗客はいなかった。
わたしはぼんやりと夢うつつをさまよった。音が水に沈むように消えていった。そこには何もなかった。暗闇が広がっていた。
しばらくすると、一点の光が見えてきた。わたしはその光の中に入っていった。光の中は妙なほど真っ白で、よくわからぬ部屋らしきところに立たされているようだった。
みれば、部屋の中央に一人の女性が立っていた。その女性の顔というものが、どうしてもよく見えてこなかった。そもそも、顔なんてなかったのではないか、なんて思ったりもする。わたしは女性となにか話していたらしいが、何を話したのかさえ覚えていないのだった。いつの間にか、女性はいなくなっていて、無色の空間にわたしひとりが取り残されていた。
わたしの手には、いつの間にか、女性から手渡された一冊の本があった。茶色い表紙の本だ。
そこで目が覚めた。
わたしはやはり列車の中にいた。流れゆく景色も、先ほどとそれほど変わりないようだった。ただ、今までとひとつ違ったことは、目の前の席に見知らぬ女性が座っていたことだ。
女性は茶色い表紙の本を読んでいた。わたしは、それが夢の中で手渡されたものと同じかどうかはわからなかった。
出会いか…‥。話しかけるべきだろうか。わたしは運命的な何かを感じたけれど、このことを相手にどう伝えればよいというのだろう。そんなことを思っていたら、列車はまたも見知らぬ田舎の駅に止まった。そして女性は立ち上がった。女性はそのまま出て行ってしまった。
(また一人旅か……)
わたしは幾分深いため息をついて、ぼんやりと窓から空を眺めた。大きな雲が浮かんできた。綿あめみたいで美味しそうだ。でも、そんな気持ちはいつの間にか消えていった。
列車 Kan @kan02
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