Monologue.3

 柔軟な動きができるようになった新型エピオルニスは、まるで生き物みたいにのたうち回っていた。


 それから少しして、拡声器から声が聞こえた。


「ふふ、はははは。まだだ! 私はまだ生きている! 痛い。例えこの身が引き裂かれようと、ここから出すものか! 痛い! 嫌だ、出すものか。死にたくない! 出す、はははははははは! ここから出たい! 出すものかはははははははは!」


 狂った声だった。もう私の知るTopiaの口調ではなかった。さすがに私も気持ち悪くなった。これ以上聞きたくないと思った。

 オヤジ曰く、強制的に興奮物質か何かを投入されたのだろうということだった。あれは、エピオルニスを最後の最後まで戦わせる仕組みなんだと。


 機関銃の弾が尽きてなお、Topiaはその身をもってあの娘を押し止めようとしていた。でもそれは無駄な抵抗で、すぐに触手が脚と胴体に絡みついた。それからぎちぎちと金属がこすれる嫌な音がした。機体がおかしな方向に曲がり始め、そして間もなく引き千切られた。


 あっけなかった。最後の最後まで、たった一人で、闘争本能と、なんだかよくわからない正義感を保ったままTopiaは死んだ。千切れた面からは肉みたいなものがぼたぼたとこぼれ落ちていた。


 ああ、あそこにいたんだな、と思った。単に、そう思った。


―――


 誰もあの娘を止めることは出来なかった。


 あの娘は千切った機体の片脚をぶら下げたまま、その重さでシャッターをゆっくりと破り、外へ行こうとしていた。

 私はオヤジの肩から手を離して、ゆっくりとあの娘に近づいていった。

 もう震えは収まっていた。


 よく見ると、他にもカナリアやヒト達がぞろぞろと集まりだしていた。


「アンタさ、なんでこんなとこ出てきたの。近寄ると、死ぬかもよ?」

 横にいたカナリアが声をかけてきた。私は分からないとだけ言った。

 

 みんなそんな感じで、何かに導かれるままに出てきているのだった。


―――


 壊されたシャッターを乗り越えて、あの娘と、私達カナリアは外に出た。外は真っ暗な夜で、ぽっかりと丸い月が出ていた。

 後ろを振り返ると、機関砲手のオジサン達がいた。今ならあの娘を撃てるはずなのに、やっぱり誰も撃とうとしていなかった。ただ空に浮かぶ月をみていた。私も月を見た。あんなにまじまじと見たことは、基地にいた時は一度もなかった。きれいな月だった。


 とにかく、あの瞬間は、何故かみんなぼうっとしていた。あの娘のせいだったのか、ショック症状みたいなものだったのかは、今でも分からない。


―――


 あの娘は、銀色に輝くエピオルニスの片脚をぶら下げたまま、橋をゆっくりと渡っていた。積んであった土嚢も、傷だらけになった道路のアスファルトも、何もかも踏み潰して歩いていた。もう私達のことなんて気にしていないみたいだった。私達もまた、もうあの娘のことは気にしていなかった。ただ、それが一番自然であるような気がしていた。


 私は懐から煙草を取り出して、火をつけた。

 外で一服できるなんて初めてのことだった。

 吸いながら、煙草をくれたあの人がどうなったのか、と少し想って、すぐ忘れた。


―――


 何時間かけてあの娘がトゥエルブに帰ったのかは分からない。そもそもちゃんと帰ったのかすら知らない。


 あの娘の姿が見えなくなった頃に、いきなり橋の一部に亀裂が入り、音を立てて崩落した。その場にいた何人かのカナリアが一緒に落ちていった。

 踏んでいった自重に耐えきれなくなったのか、それにしてはタイミングと都合が良すぎるなあ、とか、ぼんやり考えていた。

 あの娘が、もう行かなくていいよ、と言ったのかもしれない。勝手な想像だけれど。


 夜はそれで終わった。それから、細かいことまでは覚えていない。

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