Report.2

 目を覚ました時には、二人とも床に倒れていた。


 Fionaが立ち上がってすぐに異様な叫び声を上げ、錯乱した。

 やがてガラス戸に頭を打ち付けはじめ、何度目かで鈍い音がして倒れ、動かなくなった。


 息絶える前に、何かをうわ言のように呟いていた。


→「唄が聞こえた」「あんなものが私達の(以後聞き取り不可能)」「私は信じない」「嫌だ」


―――


 なにかされた。


 彼女に見つめられた瞬間、脳内に記憶が流れ込んできた。

 強制的に夢を見させられたような感覚だった。

 そこで「彼女」が何を見たのか、その追体験をした。おそらくFionaも同様。


 忘れない内に書き起こしておく必要がある。

 だが手が動かない。あの凄惨な情景を思い起こすのを、頭が拒否している。


 肉の塊と銃火が混ざり合った地獄。周りにいた無垢なカナリア達は次々と引き裂かれ、啄まれ、食われ、溶かされ、犯された。

 手触りや痛み、臭いさえも感じられた。故に、それは悪夢よりも質が悪い。


―――


 書き起こしておく必要がある。書いておかなければならない。


 Marieは確かにトゥエルブの中心部まで行った。この目で見た。仲間の犠牲から目を背け、数時間彷徨った末、彼女は導かれた。そこから先に何が起こったかは分からない。記憶が寸断され、私は 彼女は それに取り込まれた。そうして夢は終わった。それから彼女は無意識に基地まで帰ってきたのだろう。帰巣本能か、あるいはほんの少しだけ残った自我によるものか。


 いずれにせよ、今こうして目の前にいるカナリアは、もはやカナリアではない。


―――


 あれは帰りたがっている。またトゥエルブまで帰りたがっている。

 ここから出してくれと言っている。私はこれから、おそらくそれを為すだろう。

 その前に、出来るだけ多く書いておかなければならない。


―――


 カナリアとはなんなのか。アノマリーとは何なのか。ここでどんな研究をしているのか。私はそれを調べ始めた。民間ジャーナリストを装った政府からの調査命令。秘匿事項の多い基地の実態を探る為に遣わされたエージェント。ただそれだけに過ぎなかったのに、今、私はこうして、仕事を放棄し、基地のルールを破ってまでここにいる。


―――


 扉を開けば、この基地がどうなるのか、自分はどうなるのか、残ったカナリアは人間がどうなるか、わかっているはずだ。わかっている。そのはずなのに。


―――


 あるいは“自我があること”そのものがカナリアの防衛本能、抵抗手段なのかもしれない。保護欲をかき立てられ、籠に閉じ込められて喚くカナリアを、つい外に放ちたくなる


 それが本当の狙いなのだとしたら。


 誰の? 何の?

 この肉の塊を放って、トゥエルブに還して、それでどうなる?


―――


 アノマリーがなんなのか、結局分かっていない。まだ誰も知らない。

 そんなものを中途半端に使ってカナリアなど作るからこうなる。


―――


 なにもすべきではなかった。そっとしておけばよかった。なにもかも。すべて。


―――


 カナリアは まだ  ( ・・ ・/ (  歌っていた。

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