#21 研究部所属 Dr.サカイ

「別に怒っているわけじゃない。ただ驚いているんだ。

 これまでもカナリアに憐憫の目を向ける人間は多くいたんだよ。君だけじゃない。

 ただそれは――それこそ、ほとんどの人間は、檻の向こうにいる動物を憐れむようなものだった。そこまで彼女達に思い入れを抱いたのは、君が初めてだろう。思い入れか。あるいは単に“怖いもの見たさ”か」


「分かっていると思うけど、こうして拘束されていても、私はいつでも助けを呼ぶ事は出来る。すぐにでも警備員が駆けつけるだろう。そして君は機密漏洩の疑いで拿捕、もしくは即座に射殺される。その危険性を負ってでもなお、君はわざわざ正面からキーを奪いに来た。驚くべき行動力だ。

 驚きっぱなしでね、思わず、助けを呼ぶことすら忘れている」


「そう。君が手にしているのがお目当てのマスターキーだよ。どうにかして警備部を過ぎれば、エリアの扉はだいたいそれで開く。こんなことなら生体認証も足しておくべきだった。今後はセキュリティの強化が必要だな」


「あの奥を調べて、それを公表したところで、上層部は全力でそれを握り潰すだろう。というわけで、君のしていることはまったくの無駄だ。

 そんなことは分かっているか。君は全部承知で、それでもここに来た。行ってくるといい。行って、戻ってくるまで、私も“通報することも忘れていた”ことにしよう。その方が私は楽だ」


「いや、本音を言えばね。実のところ、私も誰かに言いたくて堪らないんだよ。言って、アレに解き放って、自由にさせたい。

 もちろん研究者としては失格だ。けれど――あるいは、私はあまりにも長くアレを見過ぎたのかも知れない。奇妙な……本当に奇妙なことに、私の頭の片隅にも、そういう感情が芽生えてしまったんだ。何故だろうね。


 だから、君が勝手に動けば、わざわざ機密情報を漏らす事もない。責任は全部君持ちだ」


「――二つ、注意しておこう。


 一つ目。“あらゆるものに手を出すな”。君も、きっと手を出したくなるだろう。私のように。だがそれこそ無駄だ。無駄どころか、この基地と、ここにいる無垢なカナリア達を、さらなる不幸に追いやることになる。いいか。君が出来ることは、覗き見以外に何もない。

 二つ目。“カナリアを連れていくな”。まさか……彼女達の中に協力者などいないだろうね。くく。いや、別に、どうでもいいんだけどね。

 仮にいたとしても、もし連れて行けばきっと彼女も不幸になるだろう。知った方が良いことなら、私達も基地すべてに公表している。知らなくても良いことだからこそ、公表していないんだよ」


「じゃあ、行っておいで。――まったく、君も、度しがたいヒトだ」

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