#6 “THE IMITATION”
「ごめんなさい、まだ開店時間じゃ……あ、ああ。アンタが電話くれたヒト?
うん。いいよ。もう準備は済ませたし。三十分くらいなら。何か飲む?」
「ろくなことは話せないよ。籍を外れた時に記憶処理されてるから。
……不思議なもんだよね、キレイさっぱり消えてるのに、恐怖とか緊張とか、そういう感情だけは覚えてるんだ。細かいことも、仲間の顔すらも思い出せないけど。そうね、消えちゃう前に、こうして話しておくのも、重要なのかも」
「今にして思えば、アレはカナリア達のモチベーション向上でしかなかったのかなと思う。
基地とトゥエルブしか居場所がなくて、訓練のことしか教えられてこなかった彼女達にとって、街の暮らしは憧れだった。“戦って生き残って、二年を過ぎれば任務は終わる”。その望みを餌にぶら下げられて、私達は耐えた。ひたすらに耐えた。基地の外でも、中でも。今思い返しても、ぼんやりと、悪夢を見ていたようにしか感じないけれど。
で、ともかく、私は運良く二年間生き残れた。それから、本当に、適当なカネと適当な住民コードを持たされてから街に放り出された。
嘘は言ってなかったんだよ、あそこにいた人間達は。
……まあ、一つだけ、重大な嘘をついていたわけだけど」
「この店の、前のオーナーがね、拾ってくれたの。私を。冬の、寒い日に。
憧れていた街の景色は、近づけば近づくほど遠のくような気がして。行き倒れ寸前の私にコーヒーを出してくれたのがオーナーだった。コーヒーくらい、基地でも飲んだことはあるけど、あんな泥水みたいなのじゃない、本当のコーヒーを、その時、初めて飲んだ。
それで、この店で働き出したの。行く当てもなかったし。この店から見える景色は灰色で、テレビで見ていたような街とはほど遠くて……でも、今はここが私の居場所。
オーナー? 去年、亡くなったよ。ある日、急に倒れて。呆気ないものだよね。ヒトも。私達よりマシだろうけど。遺言、っていうの? 引き出しの中にあって。“店は好きに使え”だってさ。そんだけ。土地ごと売り払えばカネになるだろうって、それくらいのことだったんだと思う。で、結局、私は今でもこうしてここにいる。だからここが私の居場所。――私の、場所。
……ごめんね、ちょっと、今でも、思い返すと、自然に涙が出る」
「ね……また、近いうちに来てよ。私はずっとここにいるから。約束なんていらないから。そうしたら、今日話さなかったこと、教えてあげる。
さっき言いかけてた……私達の、重要な秘密。
絶対よ。絶対。なるべく早く。来なかったら、きっと後悔するよ」
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