第十七話 留まる決意

6月24日 04:02 〔牢屋〕


 薄暗い部屋。天井に並ぶ蛍光灯の無骨な光があたりを照らしている。

 もう何度目になるだろうか。非日常の象徴ともいうべき鉄格子が並ぶ牢屋へと足を踏み入れた僕は、先の襲撃を思い出し緊張を感じる。

 空っぽの檻の中は暗がりとなっており、その闇から刃が迫ってくるかのような妄想が脳裏をよぎる。


「テイシ、顔色悪いけど大丈夫?」


 掛けられる声にはっとする。僕の視界の右側からマコが回り込んでくる。疲れていない、と言えば嘘になるが今はそんな弱音を吐いていられる余裕もない。僕は口元に笑みを浮かべる。


「ああ。大丈夫だよ。マコこそ疲れてはいないか」


「私はしっかり休んだし、クビともテイシとマモルさんが直接対峙してくれたから。さっきは、ありがとね」


「おい! 何、廊下の入り口でいちゃついてやがるんだ。後がつかえてるだろうが」


 背後から飛ぶジンケンの恨み言に僕らは慌てて道を開ける。


「しかしよお。この斧の痕、やべえよな! こんなのがかすったらひとたまりもねえぜ。よくおめえたち、無事だったよな。まったく運がいいぜ」


 床に残るのは斧が抉り取ったコンクリートの痕。

 地面にしゃがみこみ声を上ずらせるジンケンの言葉に、僕は背筋に冷感を覚える。ジンケンの言う様に斧が僕の体に触れればかすっただけでも致命傷を受けただろう。だが、今はそれを手放しで喜べる状態ではないのだ。


「運がいい。本当にそうでしょうか?」


 ジンケンの言葉をシラベが聞きとがめる。


「はあ? そりゃどういうことだよ」


「テイシさん達には話しましたが、今回のクビの襲撃。そして退却はクビの策ではないか。私はそう考えています」


 僕らに話したのと同様の内容をシラベはカタメに聞かせる。凶器に斧を選択した不自然、霊安室のコートを選んだ思考の不可解。


「つまりよお、クビは襲撃をわざと失敗したってことか?」


「はい。断定はできませんがその公算は高いかと」


「でもよお。わざわざクビは姿を見せたわけだろ? そんなリスクを負ってまでクビがやろうとした仕掛けって、なんなんだろうな」


 ジンケンの疑問。それはシラベから説明を聞いた僕らや、シラベ自身も考え続けていることであった。

 今回の襲撃。おそらく運が味方した面もあるのだろうが容疑者は一人に定まっていない。つまり、クビが襲撃を成功させていたとすれば僕たちは今の状態からクビを特定する推理をしなければならなかったのだ。今、一番の容疑者として挙がっているのはジンケンだ。しかし、彼にしたって第一の事件の際にはアリバイがある。


「今、僕たちはクビの正体をつかめてはいません。仮に今回の襲撃をクビが成功させていたとしても僕たちは確信をもってクビを特定することはできなかったんじゃないでしょうか」


「はい。探偵である私をもってしても、未だジンケンさんのアリバイを崩せていませんし」


「って、おい! シラベ。なにナチュラルに人をクビ呼ばわりしてるんだよ!」


「あっ、すみません。私、嘘は付けない体質なもので、ついうっかり思っていたことを口走ってしまいました」


「だから俺はクビじゃねえっつってんだろが!」


「もう、二人とも。また喧嘩してる。仲良くやりましょう!」


「今はクビへ備える時ですよ」


 シラベをにらむジンケンをたしなめながら僕は思考する。クビが襲撃を失敗するメリット。果たしてそんなものはあるのだろうか。


「テイシ、何か思いつくことはある?」


「いや。ないな。普通に考えれば調査のかく乱、なんだろうけどそれならその場で殺人を犯しても同じだろうし」


「じゃあ、ヒントの時みたいに私たちに何かを伝えようとしたとか」


「うーん。僕らにメッセージを送っているってことか? メッセージとなると、サンタコートに、仮面に、斧……十二年前の事件と関係あるものでもないし、その線は薄いんじゃないか?」

 

 例えばウツミの事件の際には火災報知器が事件に大きくかかわっていた。そこから火事を連想することはできるのだが。今回の襲撃にはそれが見当たらない。


「そうだよ、ね。じゃあ、襲撃することで私たちに特定の行動をとらせたかったとか」


「襲撃後の反応を期待してってことか。だけど、僕たち牢屋と大広間に分かれていたのが一緒に行動するようになっただろ? クビにとっては余計襲いづらくなったと思うけど」


「ああ、そうか。人数が多い方が襲いづらいよね。そうなると……ダメだ。わからないや」


 マコの言葉にシラベ、ジンケンの方を向くが反応は同じで、首を振る。クビの行動の意図。今回の襲撃、どう考えてもクビにメリットは皆無。やはり、襲撃の失敗が意図的なものだったというのは考えすぎなのだろうか。




「シラベさん、ジンケンさん。そろそろ休みませんか?」


 マコの提案に時刻を確認すれば午前4時半。牢屋に来てからかれこれ30分ほど調査を続けてきたが新しい手掛かりは見つからず。


「いえ、私はもう少し調査をさせていただきます」


「なっ! だったら俺もだ。何か見つかるまで意地でも探してやるからよ」


 調査続行の意思を示すシラベとジンケン。僕らも調査を続けたいところではあるのだが。


「テイシ、私たちはどうしよう」


「うん。僕はちょっと、眠いかな。大広間のメンバーと見張りを代わってもらおうか」


 意識をすると眠気が途端に襲ってくる。重くなる瞼をこすり、僕は見張りの交代の旨をシラベ、ジンケンに告げる。


「はい! 了解です。必ず証拠を見つけて見せますからテイシさん達は休んでいてくださいよ」


「おう。さっきの襲撃ん時は俺のいねむりのせいで迷惑をかけたからな。テイシ達は先に休んでてくれ。ミスは絶対に取り返して、俺の無実を証明してやるからよ」


 これが深夜テンションという奴だろうか。マコと目を合わせると僕は扉に手を掛ける。


 これだけ皆が頑張っているのだ。きっと明日、僕が目を覚ますころには事態は好転しているはず。僕とマコは大広間へと続く廊下を行く。

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