第十話 怪人は開示す
*
6月23日 12:28 〔大部屋(女性用)〕
「ジャーン! 見てくださいよ、この姿!」
扉を開けた僕らの目の前に立っていたのは、変人だった。
「なっ!? 変人じゃなくて、怪人ですよ。怪人!」
「シラベさん。その格好どうしたんですか?」
ポリス君が運び込んだ荷物。シラベの提案により僕らはそれぞれの私物を確認するため大部屋に来たのだが、シラベは僕らに部屋の前で待機するよう言い含めると女性用の大部屋へと消えた。着替えをするようなので僕らは部屋に入るわけにもいかずおとなしく扉の前で待っていたのだが。
シラベからの許可を受け部屋に入った僕らが見たのは白い仮面をつけ、黒いコートを羽織る怪しい人物の姿だった。
「これ全部ヨイトさんの私物なんですよ。仮面に、コート。鞄の中からは化粧道具に血のり、さらには脚本まで出てきたんです!」
「脚本、ですか?」
「ええ。『舞台 六魔館の怪人』だそうです。怪人と聞いて燃えない探偵は居ませんよね!」
シラベは怪人? の衣装のまま右手の拳を握りしめる。ヨイトの荷物から出てきたという衣装に脚本。怪しさしか感じないアイテムの数々であるがヨイトって舞台俳優か何かだったのだろうか。確かに口調は芝居がかったものだったけど、職業は何でも屋だと言っていたはずだ。
「シラベさんの言っていた面白い物って、それですか」
「いえ! もちろんこれだけではありません。皆さん、これを見てください」
シラベが差し出した手に握られていたのは膨らんだ封筒だった。厚みを見れば結構な量の書類が入っていそうである。
「シラベさん、これは?」
「調査報告書ですよ。十二年前に私が行っていた調査についてのね。そして皆さんに見てもらいたいのはこの書類です」
十二年前というワードに僕は体が緊張するのを感じる。シラベは封筒を開くと中から一枚の紙を取り出す。僕らの前に差し出されたのは一枚の画像が乗った書類であった。
「あっ。ウツミさんだ」
「はい! これにはウツミさんがドラッグの売人であるという調査結果が載っています」
シラベの言葉に僕らの視線は書類にそそぐ。
「ウツミさんがドラッグの売人だというのは私一人が主張している事柄ですからね。探偵としてウツミさんの罪を立証するための証拠がないというのは歯がゆい思いだったんですよ。もちろん、これは私が書いたものなので証拠能力があるのかと問われれば返す言葉もないのですが、多少は私の証言の裏付けになるかと思いまして」
「シラベさん、そんなことを気にしてたんですか」
「そんなことって。探偵にとっては死活問題です! それに」
唾が飛ぶほどの近距離で僕に反論を飛ばすシラベに僕は苦笑いする。ウツミさんの情報に関するシラベの証言は疑っていたわけではないのだが、シラベは気にしていたようだ。
シラベは懐に手を伸ばすとテープレコーダーを取り出す。
~~
『……私が犯罪者、ですか。何か証拠でも?』
『あれ、証拠が必要ですか? あなた、麻薬の渡し手ですよね? 以前、ある男の信用調査の際にその男が麻薬を摂取していたんですよ。その時、男に麻薬を渡していたのがあなただった』
『……論より証拠。証拠がないのなら、この話は終わり……今日は疲れたからもう寝るわ。おやすみなさい』
~~
「私があの時ウツミさんに罪を認めさせることができたなら。ウツミさんが呼び出し状に従い食堂に行くのを防げたかもしれません」
「いえ。それはシラベさんのせいでは」
「分かっています。ですが、だからこそ探偵としてウツミさんを救えなかったことが悔しいのです」
テープレコーダーから流れてきた声。
仮面を外したシラベの独白は僕の心にものしかかる。ウツミを、ヨイトを救えなかったのはここにいる皆の責任なのだ。僕はシラベの暗い表情を前に罪悪感を募らせる。
探偵としてある意味事件と一番真摯に向き合ってきたのはシラベなのだろう。彼女とて人間だ。向き合う過程で思い詰めている節があったのかもしれない。
「シラベさん、大丈夫だよ! 確実にクビの正体には近づいているんだから。頑張ろ!」
「えっ? はい! マコさんありがとうございます」
マコの声掛けにシラベの声が明るさを取り戻す。
「後悔はいつでもできますから、今は探偵として頑張らせてもらいます! ヨイトさんの衣装に、ウツミさんのことを調べた調査書。私の話は以上です」
シラベは怪人の格好で深々と礼をする。シラベのおどけた態度を見ると、この衣装を着て話すことを選んだのは場の雰囲気を考えての事かもしれない。
「この際だ。他の者も自身の荷物について何か気になる点があればここで共有しておいてはどうだろうか」
カタメが皆を見回し問いかける。気になる点か。僕の荷物を思い返すが事件に関係ありそうなのは沖縄土産の猫の置物ぐらいだろうか。それに置物にしたって買ったのは一年前だ。事件と関係があるとも思えない。あとは文庫本に、プラモデルだが特に気になる点は思いつかない。
「いないのか? まあいいだろう。ならば牢屋組とそれ以外に別れ、解散とするか」
「そのことなのですが、少し、よろしいでしょうか」
控えめながらもしっかりとした声が上がる。
デンシは頭の横に手を挙げるとカタメに向け発言をしていた。
「どうしたデンシ。まだ何か言うべきことがあるのか」
「ええ。私から一つ提案があります」
デンシは言葉を切り、周りを見回す。流れるように動いていた視線が止まったのは僕の隣、マコの所であった。
「提案か。言ってみろ」
「ええ。マコさんには今、牢屋の中で生活してもらっています。それはマコさんがクビ候補として最も疑わしいとされているからです。ですが、先ほどのクビの正体についての話を考えてみてください。私達全員が十二年前の事件の関係者である以上、クビも事件に関係しているというのは間違えありません。そして事件の関係者で私達全員に恨みを持っている可能性のある人物、それは未だ捕まっていない事件の真犯人である可能性が高い――先ほどまでの話の要旨はこうです。それならば事件の被害者であるマコさん、それにテイシさんはクビであるはずがないのではないでしょうか」
「デンシさん」
僕らをかばうデンシの言葉。どうやらデンシさんはマコが牢屋に閉じ込められている現状を憂いていてくれたようだ。デンシの言葉に僕はマコの手を握る。
デンシの言葉を受けたカタメは少し考えた後で口を開く。
「なるほどな。確かにクビが事件の真犯人であればマコ、テイシはクビ足りえないだろう。だが、こう考えてみてはどうだ? この誘拐事件が十二年前の真犯人により再び引き起こされた事件なのではなく、真犯人に復讐を果たすために仕組まれたものであったとしたら」
「……どういうことでしょう?」
「つまり、だ。この館が真犯人に復讐を果たすために用意された舞台なのだとしたら、クビは最も真犯人に恨みを持つ人物だ。それは誰か。最も怪しいのは事件の被害者であるマコ、テイシの両名ではないか?」
「なっ、どうして僕たちがそんなことを!」
カタメの言葉に僕は反射的に反論する。
「どうしてだと? その思考に何の意味もないことはお前も知っているだろう。人の気持ちなどその人物にも全ては分からないのだ。他人がその行動原理を説明できるはずもないだろう。それにマコが牢屋に入っているのは、ウツミ殺しが現状マコにしか行えなかったからだ。動機が無いからと言って拘束を解くわけにはいかないだろう」
「それは……そうです、か。マコさん、テイシさん。お役に立てずすみません」
カタメの言葉に返す言葉を失ったのだろう。デンシは反論をあきらめ僕らに頭を下げる。
「別に、デンシさんが謝ることはありませんよ」
「うん。私は気にしていないから大丈夫です。それよりも、デンシさんかばってくれてありがとうございます!」
カタメに対し声を荒げてしまった僕は顔を伏せながらマコとともにデンシへ礼を言う。
結局そのあとは今後の方針に関する案は出ず、この場は解散となった。僕はマコと、見張り役であるマモルとともに牢屋へと戻る際中、今回の話し合いを思い返していた。
ポリス君によりそれぞれに届けられた私物。ヨイトの鞄からは舞台衣装が飛び出し、シラベの鞄にはウツミの罪に関する資料が出てきた。そして皆の鞄から共通して出てきたのは写真だ。それが示すのは十二年前の沖縄民宿放火事件だった。ここに集められた皆が関係する事件。そして、事件の犯人とされた女性は無実で真犯人は未だ捕まっていないのだという。
僕らの過去を燃やし、壊した最悪の事件。それが十二年たった今僕と、そしてマコの前に再び影を落とすなんて。
僕はもうあの時感じた絶望を感じたくはないのだ。マコを守り、クビを突き止め、皆とともに脱出する。僕は前を行くマコの背中を見ながら、決意を再確認する。
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