第七話 共通考

 机に並ぶ十枚の写真。そこに写る僕らの表情はどれも、笑顔だ。それぞれの状況こそ異なるものの皆が希望に燃え、未来を信じている顔。今は亡きウツミも、ヨイトも写真の中では笑みを浮かべている。けれども僕ら八人の中に潜むクビはその笑顔の中に僕らへの憎悪を隠しているのだろうか。

 クビと僕らの間に存在するという隠された繋がりミッシング・リンク。すべてが明らかになればおのずとクビの正体にも近づくはずだ。これ以上誰も傷つかずに済むために僕らはクビの思いと相対する。


6月23日 09:05 〔大広間〕


「クビによる復讐、ですか」


 つぶやきながら僕は復讐という不穏な単語に身をこわばらせる。

 クビが僕らをここに監禁する理由。当然、考えなかったわけじゃない。けれどもマコが恨みを買うとも思えないし、当然僕にも心当たりはない。それにこれだけの人数に当てはまる動機なんて早々あるものではないだろう、とそう結論付けてきたのだが。


「今まで私たちはこうして監禁された理由を考えることはしてきませんでした。それは、それを考えるための手掛かりが無かったからです。誰しもこんな理不尽な目にあわされる理由に心当たりなんてありませんよね? ですが、仮にクビが何らかの理由を持って標的に私たちを選んだのだとしたら。そして、その理由を私たちに気付かせようとしているのだとしたらそれは私たちに対しクビが何らかの感情を抱いているということです」

 

「ふ、復讐だなんて、そんな、いったい僕が何をしたって言うんですか」


「コロさん落ち着いてください。あくまで仮定の話ですよ」


 マモルの言に過剰に反応したのはコロだった。

 クビがこれだけのことをしでかした理由。いったいどれだけの恨みがあれば。今まで起こった惨劇を思い起こした僕はクビの思考の途方の無さを思う。


「復讐、か。俺としてはその線は薄いと考えるが」


「どういうことですか、カタメさん」


「これだけの規模の犯罪だ。組織的な犯行を疑うのが普通の考えだろう。だとすれば動機が個人的な恨みによる復讐というのは考えづらいのではないか? 日本にこれだけのことをしでかせる犯罪集団があるのかは不明だが、個人的な犯行とするよりは幾分か現実的な考えだと思うが」


「犯罪集団ですか! これはいよいよ探偵の出番ですかね」


「茶化すなシラベ。どのみち今の時点では情報不足なんだ。なんでもいい。何か気付いた事があれば全体に共有してくれ」


 場が熱を帯びる。

 復讐に、犯罪集団。フィクションじみた言葉が飛び交う中、服の袖が引かれる。


「? どうした」


「うん。ちょっと気になることがあって」


 マコは僕に体を寄せるようにして話しかけてくる。皆から疑われている状況だ。発言もしづらいのだろう。僕も声を潜めてマコに応じる。


「それで、気になることって?」


「うん。テイシ、私の写真は見たよね」


「ああ。滑り台の前で両手を挙げてるやつだろ。あれがどうかしたのか?」


「そうじゃなくて。テイシと私のお父さんが写っている奴だよ。写真に写っている人物には何か関係があるんだよね」


「ああ。おそらくそれは間違いないだろうな」


「それで、クビの目的が復讐かもしれないんだよね。じゃあ、そこには何か恨みの原因となった事件があるはずだよね。他の人は知らないけど、テイシと私、それにお父さんが関わった事件って。やっぱりあれなんじゃないかな」


 いつになく弱弱しいマコの声に僕は同意も忘れ固まっていた。マコの言葉を呼び水に思い起こされる記憶。炎に焼かれ、煙に阻まれた体験。薄れゆく意識の中マコを必死で連れ出した惨状。僕らの身代わりとなり倒れる柱の下敷きとなったマコの父の笑顔。


 僕はゆっくり息を吸い込むと顔を皆の方に向け、口を開く。




「沖縄民宿放火事件。みなさんは心当たりありませんか?」


 それはマコと僕の仲が疎遠となった契機の事件だ。

 十二年前、僕とマコの家族で行った旅行先で巻き込まれた放火事件。民宿から火の手があがりたまたま居合わせたマコは民宿内に取り残され、マコの父親は助けに入った僕の身代わりに命を落とした。

 父親を失ったマコは母親と実家に戻り、僕はマコの父親を死なせてしまった負い目からマコから距離を置くことになった。


 写真に写る僕ら三人を繋ぐ事件。


「おい、テイシ。今なんつったよ!?」


 そして案の定、広間からも声が上がる。


「ジンケンさん。何か僕が言った事件に何か心当たりがあるんですか?」


「心当たりがあるかだって? 大ありだ! 沖縄民宿放火事件っていやあ俺のばあちゃんの民宿が放火にあった事件じゃねえか」


 ジンケンは机の上から写真を一枚ひったくるように取ると僕の顔へと押し付けるように突き出す。

 写真に写るのはジンケンとその祖母だ。背景に写っているのは民宿だと言っていたが、僕はそこに掲げられた表札に目を奪われる。


「富永、って。まさか、おばあさんのやっていた民宿の名前は、『民宿 富永さん』?」


「ああ。さすがに火事を起こした名前をそのまま使うわけにもいかねえから今は変えちまってるけどな。テイシ、まさかあの放火事件が今回の事件と関係してんのか?」


「そうかもしれません。何せ僕とマコはあの時、火事に巻き込まれた被害者ですから」


 ジンケンに言葉を返しながら僕は、強烈なめまいを覚える。

 十二年前、告白のため呼び出した『チムナガサン』を勘違いしてマコが待っていたのが『民宿 富永さん』。放火事件の舞台となった場所がジンケンと繋がっていたのだ。では他の皆は? 僕は顔を上げ他のメンバーを見回す。


「その事件なら、私も知っています」


「ぼ、僕も」


「その事件、犯人を見つけたの私ですよ!」


 口々に上がる声、って。


「えっ、シラベさん。犯人を見つけたって、それ本当ですか」


「はい! あの事件の時、たまたま私も現場に居合わせたんですよ。火の手があがっていれば見に行くのが探偵根性という物ですから私、野次馬に参加させてもらっていたんです。そうしたら人ごみの中にガソリンのにおいを感じたんですよ。それで不審に思いその出元を探ってみれば火事を見つめる犯人を見つけたんです」


「あの事件のっていうのは、シラベ。お前だったのか」


 怨嗟のこもった低い声に慌てて振り返る。

 カタメは感情を押し殺すかのように下を向いていた。押し殺したような、けれどもはっきりと聞こえる声はカタメにより発せられていたようだ。表情を見せないカタメからは尋常ならざる雰囲気を感じる。


「カタメさんどうかしましたか?」


「……いや、なんでもない。俺に構うな」


「でも、カタメさんにも何か思い当たることが」


「構うなと言っているだろ! 気安く俺に関わってくるな!」


「っ!?」


 カタメの激昂に思わず身じろぐ。いきなりのカタメの怒号。いったいなぜだ。攻撃的な物言いであったカタメだが、今まではこれほどまで感情を発露させることは無かったはずだ。困惑するのは僕だけではないようで、コロなどは背中を壁に着けて震えている。


「ちっ。すまない。俺は席を外す」


「えっ、ちょっとカタメさん」


「ああ。単独行動をするなということだろ。ジンケン、コロ。少し落ち着きたい。ついてきてくれないか」


「えっ、俺? 別にいいけどよ」


「は、ひゃい? わ、分かりました?」


「ちょ、ちょっと。カタメさん!?」


 カタメは言葉少なにそう言うと男性用の小部屋へと入っていってしまう。カタメに指名されたコロ、ジンケンは互いに顔を見合わせるがどうしたらいいか分からないのだろう。きょろきょろと皆の顔を見回している。


「シラベさん、カタメさんと何かあったんですか?」


「うーん。いや、心当たりはないんですけどねえ」


「ここに全員そろっているとはいえ、一人になるのは危険でしょう。コロさん、ジンケンさん。カタメさんの下へ行ってあげて下さいませんか?」


「お、おう」


 混乱を極める場にあってデンシは比較的落ち着いた声で二人に指示を出す。コロとジンケンが顔を見合わせおずおずと男性部屋へと消えていく。

 何でいきなりこんな状況になる? 皆の浮足立った雰囲気の中、再びデンシが声を上げる。


「混乱しているときこそ落ち着いて考えることが肝要です。先ほどテイシさんの言っていた沖縄民宿放火事件。それには私も心当たりがあります」


「なるほど。そうなるとここにいるほとんどの人間が一つの事件でつながっているということですね。これは一度情報を整理してみるべきですね。かくいう私もその放火事件の時には放火の目撃者として警察から取り調べを受けましたから」


 マモルの言葉に僕は頷く。

 僕らの前に再び現れた十二年前の事件の影。いったいクビは誰なんだ? 僕はいまだざわめきを帯びた大広間の様子を窺う。

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