第六話 クビへ問いたるヒント

 *

6月23日 08:12 〔大広間〕


「これは、ミッシング・リンクですね!」


 探偵シラベの声は明るい。

 カタメの号令で広間に集まった僕ら八人がそれぞれ手にしているのは現像された写真である。ぬいぐるみにより運び込まれた僕らの私物の中に入っていたものだ。全員の荷物に共通するアイテム。ぬいぐるみの言っていたクビを特定するためのヒントという言葉。この写真には何かが隠されているはずなのだ。


「はあ? ミシシッピ・リバーだ? なんだそれ」


「ジンケンさん。今はアメリカ最大の河川の話なんてしていませんよ! ミッシング・リンクとは物事の間に隠された繋がりの事です。例えば、連続殺人事件が起きた際、被害者同士に面識はなく一見無関係に思える場合でも実はネット上の同じサイトを利用しており、そのサイトからたどって犯人にたどり着く、等。与えられたばらばらな手がかりから共通項を探し、真相へとたどり着くミステリーの一ジャンルのことを言います!」


「シラベさん。言いたいことは分かりましたから少し落ち着きましょうよ」


 興奮気味に話すシラベに僕はあいまいな笑みを返す。

 シラベの言う与えられた手がかりとは当然この写真の事であろう。ウツミとヨイトの分は現在シラベにより握られている。亡くなった者の私物をあさるのには忌避感を覚えるが今は自身の身が危ないのだ。多少倫理にもとるぐらいなら目をつぶるしかない。


「シラベさん達の方もそれぞれの鞄に一枚ずつ写真が入っていたんですよね?」


「はい! くまなく調べましたから見落としもありません。男性陣の写真を合わせれば全部で十枚です。ここから隠されたメッセージを読み解かねばなりませんね」


 僕らは大広間の机の上に皆が確認できるよう写真を並べる。

すべての写真には人物が一人か二人写っており、撮影場所はばらばらだ。この中に何か共通点があるはず。僕は写真を順番に眺める。


「えっ。なんで?」


 視線が止まる。どうしてこの写真が? 僕が目を惹かれたのは右隅に置かれた写真だった。

 写る人物は二人。背景にはジェットコースターが写っており、独特な車体のフォルムからレジャー施設、斉田ドリームランドの目玉コースター、アイビーサンダーだと気づく。その設備の前でピースサインを掲げる二人。一人はまだ小学生の子供だ。半袖のTシャツに青色のジーンズ。頭にはどこかの海外メーカーの物だろうロゴマークの入った帽子が乗っており、日に焼けた肌と相まってその少年からは活発な印象を受ける。隣にたたずむのは三、四十代の男性だ。隆起した胸板に、広い肩幅。一見して鍛えていると分かる男性の服装は落ち着いたグレーを基調としており、親しみやすい笑顔もあって優しい印象を受ける。


「マコ、これは?」


「うん。私の鞄から出てきた写真だね」


 たまらず僕はマコの下に寄る。そこに写っていたのはどう見返しても子供の頃の僕自身の姿なのだ。どうしてマコの鞄から僕の写真が? 隣に映るのはマコの父親だ。僕とマコの家族はよく一緒に遊びに出かけていたためその時に撮られた写真なのだろう。


「もしかしてテイシと私の写真、入れ替わってたんじゃない?」


「うーん。いや、それならミスに気付いた時点でぬいぐるみから注釈がありそうだが」


 目を上に向ければモニターの電源は落とされたままだ。僕の鞄からマコの、マコの鞄から僕の姿が写る写真が出てきた以上入れ替わりを疑うのも当然なのだが、それならぬいぐるみが黙っているのが気にかかる。


「ぬいぐるみが沈黙している以上、これらの情報からぬいぐるみの意図するヒントを導くことができると思うんだけど」


「じゃあ、誰の鞄に入っていたのかはあまり重要じゃないのかな」


「うーん。少ない情報しか持っていない段階で結論を急ぐのは危険な気がする。まずは他の人の写真も確認するべきじゃないかな」


 僕は率先して視線を机に向ける。並べられた十枚の写真を順番に確認していく。




 写真は上下二列に並べられ上が女性陣、下が男性陣の荷物から出てきたものだ。下段の写真はすでに目を通しているためまずは左上の写真から見ていこうか。


 一枚目はヨイトの写真だ。写っているのは夜の河川敷。浴衣姿で映るヨイトの手には夜の闇に映える線香花火が握られている。写真の縁にも灯が見える為、何人かの仲間と花火を楽しんでいる様子であるが写真に写っているのはヨイトだけだ。浮かべる無邪気な笑顔はここでの生活で見せていた勝気な物とは印象が異なるが、写真の中の表情こそ素なのかもしれない。


 二枚目はウツミの写真。場所は駅のホーム。背景にはオレンジのラインが入った電車が写っており、その前に一人立つウツミの横にはキャリーバックが携えられている。旅行の道中に撮られた物だろうか。駅名やその他場所の特定に有用そうな情報は見た限り見当たらない。写真の中でぎこちない笑みを浮かべるウツミの姿を前に僕は自身の心がどんよりと沈んでいくのに気づく。


 三枚目にはシラベが写っていた。ハンチング帽にロングコートというフィクション寄りの探偵の恰好をしたシラベは大きく上体を逸らせた状態で座っており、デスクへと足を掛けていた。アンティーク調の家具で固められた室内は十九世紀のロンドンで活躍する探偵の姿を連想する。一見探偵事務所のようであるがこんな時代掛かったオフィスがあるものだろうか。もしかしたらシラベの自宅なのかもしれない。


 四枚目には二人の人物が写っていた。デンシとその隣に写る男性はスーツ姿だ。『ニュース アフタヌーン』――長い灰白色のテーブルを前に並んで座る二人の背後には文字の映る液晶モニターがあった。つまりこれはニュース番組の一場面なのだろうか。写真に写るデンシの姿はいつもの柔和なイメージとは違い、キリっという表現が似合う真剣な目つきをしている。


 そして五枚目。僕とマコの父親が写る写真だ。高低差が売りのジェットコースター、アイビーサンダーをバックに写る僕は満面の笑みを浮かべている。これが撮られたのはもう十五年ほど前のはずだ。今は亡きマコの父親は僕の肩に手を置いており、その優しい笑顔を見ればあの頃のマコやその家族の人と過ごした優しい日々が思い出された。




「あっ、その写真びっくりしたよね。デンシさんってニュースのキャスターをやってたんだって!」


 僕がデンシの写真に視線を戻すとマコに肩を叩かれる。


「そういえばデンシさんってメディア関係の仕事をしていたって言ってたけど、アナウンサーか何かなの?」


「ううん。もとはフリーの記者をやっていたんだけど自分で動画を作ってネットに上げていたんだって。それがテレビで取り上げられて、それを機にメディアに露出するようになって、最終的には地方局でローカル番組のキャスターを任されるまでになったんだよ」


 マコの言葉に僕は一人頷く。いつも優し気な笑みを浮かべていたデンシだが、話し方には芯があり口調もはっきりしていた。記者やキャスターなら自分の主張を述べる機会もあっただろうから、そこで培ったものだと考えれば納得がいく。



「十枚並べてみましたが場所も、人数もバラバラですね」


「何かある、とは思いますが頭文字にアナグラム。うまく組み合わさりません。どなたか心当たりはありませんか?」


 周囲を見回すシラベから僕は目を背ける。僕もさっきから写真に写るものを手帳に書きだして考えているんだけどうまく考えがまとまらなかった。この写真のどこかにヒントが隠されているはずなのだが。


「皆さん、ちょっといいでしょうか」


 僕らが写真に関する考察を進める中、デンシが僕らに呼び掛ける。




「デンシさん、何か思い当たることが?」


「いいえ。そういうわけではないのですが。ポリス君がこの写真を用意した理由を考えてみたんです」


「えっ? 写真を用意した理由、ですか?」


 デンシの言葉に首を傾げる。ぬいぐるみの行動の理由? そんなものがヒントと関係あるとは思えないが。僕の疑問に答えるようにデンシは言葉を続ける。




「この写真には亡くなった方を含めたこの館の人間全員の姿が写っていますよね。そして私たちの中にはクビの存在が混ざっている。つまり、この十枚の写真の関係というのは、クビと私たちの関係と言い換えることができるのではないでしょうか?」


「クビと僕達の関係? それって。どういうことですか」


「ポリス君は言っていました。これはヒントだと。私たちはヒントと言われればその内容を知ろうとしますよね。つまり、ポリス君は、いえ。クビは私たちに自分との関係を知ってほしいと思っているのではないでしょうか?」


 写真を見ていた面々もデンシの言葉に顔を上げていた。デンシの言葉を受けた僕は手帳に記した文字に目を落とす。

 いままで僕たちは僕らがクビにより無作為に集められた人間だと考えていた。仮に何らかの理由があるとしてもそれをそれほどまでに重要視はしてこなかった。何せ一部の例外を除き僕らは互いに面識を持たず、全員につながりがあるという発想に至らなかったからだ。


 けれども仮に僕ら全員につながりがあるのだとすれば。


「なるほど。デンシさんはこう言いたいわけですね。クビには私たちをこの事件に巻き込んだがあった。そしてクビはその動機を私たち自身に知ってほしいと」


「はい。私はそう考えます。」


 シラベの言葉にデンシが頷く。シラベは思案気な顔をすると再び口を開く。


「事件の犯人が被害者に動機を伝えようとする。そんなことが起こるのは犯人に被害者への個人的な感情がある場合でしょう。個人的な感情。当てはまるのは恋愛感情や、恨みと言ったところでしょうか。そしてこれだけの人数を対象とした感情です。当然この場合、恋愛感情は当てはまらないでしょう」


「えっ、そ、それって。僕たちがく、クビに恨まれてここに集められたってこと!?」


 コロの叫び。広間に走る動揺は決して小さなものではない。

 僕はマコへ視線を向けるとマコもこちらを見ていた。僕やマコが人に殺されるほどの恨みを買っていたというのか? 短気な性格である僕ならともかくマコがそんな恨みを買ったとは思えないが。



「これは復讐、なのでしょうか」


 つぶやくマモルの表情は暗い。

 この場の全員に対する、恨み。一体クビは何を意図してこんなことを行っているのか。混乱する場の中にあってマモルの問いに答えられる者はクビ自身しかいないのだろう。

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